斯波しば)” の例文
などの当主から、斯波しばこう、石堂、畠山、高力こうりき、関口、木田、入野、西条など十数家の同族におよび、やがて宴となり、宴も終ると
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
早雲と同じころに擡頭たいとうした越前の朝倉敏景も注目すべき英雄である。朝倉氏はもと斯波しば氏の部将にすぎなかったが、応仁の乱の際に自立して越前の守護になった。
斯波しばさんの御新造ごしんぞといって、浅草蔵前の方にいたから、もしかすると民政党の斯波氏のおうちの方だったかもしれない。このひとが家元の格をもっていたようだった。
元来室町幕府にあっては、斯波しば、畠山、細川の三家を三職と云い、相互に管領に任じて、幕府の中心勢力となって来た。此のうち、斯波氏先ず衰え、次で畠山氏も凋落ちょうらくした。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
旧記に観ると、この犬山の城は、永享えいきょうの末に斯波しば氏の家臣織田おだ氏がこの地を領し、斯波満桓みつたけが初めて築いたとある。斯波氏が滅びてから織田、徳川の一族がって武威ぶいを張った。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
天守台はあの辺でなければならぬ、斯波しば氏のいたのをこの辺とすれば御薗は当然あれであり、植木屋敷があの辺とすれば山吹御所はこの辺でなければならぬ、ここに大手があって
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
実際此処ここマデ来テシマッテハ外ニ道ハナサソウデス。僕ハツクヅク、斯波しば君モ我ガままダガアナタモ我ガ儘ダ、今日ノ事ハ二人ノ我ガ儘ガ当然招イタ報イダト云ウ感ヲ深クシテイマス。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
尾張の本来の守護職は斯波しば氏であった。その子孫は信長の居候をしていた。
梟雄 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それは斯波しばといふ男の聲であつた。
聖家族 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
彼女は、斯波しば家の臣、高島左京大夫のむすめで、利家にとついだのも、その仲人なこうどは、まだ小身時代の、秀吉寧子ねねの夫婦だったのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
信長清須の主家織田氏をしのぐ勢であったので、城主織田彦五郎は、斯波しば義元を奉じて、同族松葉城主織田伊賀守、深田城主織田左衛門じょう等と通じて一挙に信長を滅そうとした。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「それもいいかも知れないな、その間に斯波しば君とも十分話し合ってみるこッたな」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは斯波しばという男の声であった。
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この須賀口の古駅に織田家や斯波しば家などの領主よりも以前から住んでいる酒商さかあきないの老舗しにせから転化して、茶屋になったものというから
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
畠山・斯波しばの両管領家にも相続の争ひがあり、たま/\、将軍家にも家督相続の争ひが起り、それ/″\、聯合して、敵味方に別れて、後土御門天皇の応仁元年、京都の内外で戦争を始めた。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
いや、そのほか、三州知多の吉良、仁木にっき斯波しば、一色、今川など、足利支流の族党たちの家々からも、名代、あるいは有縁うえんの者が
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つたえ聞くところなら、這奴しゃつは一族の斯波しば家長なるものを、私に、奥州管領となし、ひそかに奥州へ下向せしめたと聞いておる。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山上にはすでに斯波しば高経の山手隊の一部がいてそこを占領していたのである。彼らは矢ごろを待ちすまし、急にいっせい射撃に出たものだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
久慈くじ郡の佐竹ノたて亘理わたり郡の相馬一族。またさきに尊氏から、奥州管領かんりょうの名で東北に派遣はけんされていた斯波しば家長の党などが
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
斯波しば、石堂、荒川などの一族輩はみな例外なしに、尊氏が弟直義を案じる思いと変わらぬものを胸に持っていた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この地方一帯は、足利家の管領斯波しば氏のわかれ最上一族の勢力けん内であった。甚助の父も、最上家の臣だった。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、直義に劣らないはやり気の将校はほかにも多い。仁木義勝にっきよしかつ石堂綱丸いしどうつなまるなどは、とかく功名あせりをしそうである。斯波しば、畠山、こうなども目が放せない。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
斯波しば高経の隊が、はや高取山を越え出て、大日堂だいにちどうの下に着いたことを、約束どおり彼方でしらせておりますぞ」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、尊氏より一日おそく八幡やわたから入洛して、錦小路の自邸に入り、斯波しば、石堂、山名、桃井の諸将に囲繞いにょうされ、なんとしても、威風りんりんたるものがある。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
斯波しば、桃井、上杉、山名、畠山、諏訪、宇都宮など名だたる武将どもである。を失ッてはいなかった。むしろ望むところと今日の驚愕を受けとった風でもある。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
糧道りょうどうの一つはあすから開ける。——佐々木道誉、斯波しば高経らが、あとにあって、東海の糧米を、やがてどしどし輸送して来よう。これで洛中の士気はいちばい高まる
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
の報が、斯波しば高経とこう師泰もろやすとの連名で、早打ちされてくるし、ひきつづいて、落城のさい、足利勢に捕われた後醍醐の皇太子恒良つねながが、現地から都へ、押送おうそうされて来た。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、おぬしへいっているのではない。大納言具教とものりの眼からすれば、斯波しば家の一被官ひかん、織田家のごとき、また、その一家人にすぎぬ滝川一益かずますのごとき、相手にとるも、けがれというだろう」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「師直は、側にあれ。斯波しば、桃井は前に立て。大伍や綱丸もつづいて来い」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
政庁の三好、松永が頼むに足りないとしたら、管領のほかに、世に将軍家の御相伴衆ごしょうばんしゅうといわれている山名、一色、赤松、土岐とき、武田、京極きょうごく、細川、上杉、斯波しばなどという大名たちはどうしているのか。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)