抱主かかえぬし)” の例文
そこへ抱主かかえぬし因業いんごうで、最近持上った例の松村という物持の身受話が段々うるさくなり、うんというか、借金を倍にしてほかへ住みかえでもするか
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたくしは其様子と其顔立とで、直様すぐさまお雪の抱主かかえぬしだろうと推察したので、向から言うのを待たず
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なんて抱主かかえぬしが探しに来てもジイッと塵箱ごみばこの蔭なんかに隠れてしまうからナカナカ見付からない。頃合いを見計らって、そいつを拾ってまわると一日に五匹や六匹は間違いない。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と引立てるようにされて、染次は悄々しおしおと次に出た。……組合の気脉きみゃくかよって、待合の女房も、抱主かかえぬし一張羅いっちょうらを着飾らせた、損を知って、そんなに手荒にするのであろう、ああ。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
披露目ひろめをするといってもまさか天婦羅を配って歩くわけには行かず、祝儀しゅうぎ衣裳いしょう、心付けなど大変な物入りで、のみこんで抱主かかえぬしが出してくれるのはいいが、それは前借になるから
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
抱主かかえぬしの台所口へ、見すぼらしい親身のものの姿が見えると、つんとって、きもしないお稽古だの、寝坊が朝湯へ行き兼ねないのに、大道さなか、(お爺さん。)——ええ
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いかほど口惜しくっても指をくわえてだまって見ていようが、抱主かかえぬしの云うがままになって、前借も踏まず、長火鉢の前に坐って姉さんぶろうと云うからには、もうこのままにはして置けない。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
推定被害者長吉の身許みもとについては、丁度抱主かかえぬし中村家の主婦が湖畔亭へかけつけていましたので、彼女から詳しく知ることが出来ました。その時彼女は、恐しく多弁に色々な事柄を述べ立てました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
七日なぬか目の朝、ようようのことで抱主かかえぬしから半日のいとまを許され、再び母親を小石川の荒屋あばらやに見舞うと、三日が間、夜も昼も差込み通し、鳩尾みずおちの処へぐッと上げた握掌にぎりこぶしほどのものが
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いかほど抱主かかえぬし歩割ぶわりを取られても、自分一人では使い切れないくらいで、三年の年季の明ける頃には鏡台や箪笥も持っていたし、郵便局の貯金も万以上になっていたが、帰るべき家がないので
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それに、浅草へ出勤て、お染はまだ間もなかった頃で、どこにも馴染なじみは無いらしく、連立ってく先を、内証で、抱主かかえぬし蔦家つたやの女房とひそひそとささやいて、その指図に任かせた始末。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いやそれ処か、親元身受にして前借金を片付ける時、芸者時分の着物は大方抱主かかえぬしに引渡してしまった処から、この冬には早速外出の衣裳にも困るわけである。お千代はすっかり鬱込ふさぎこんでしまった。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
抱主かかえぬしの家へは自分の了簡りょうけんでも遠慮をするだけ、可愛い孫の顔は、長者星ほど宵から目先にちらつくので、同じ年齢としごろの、同じ風俗ふうの若いでも、同じ土地で見たさの余り、ふとこのに限って
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
家で着ている寝衣ねまきなんぞは襟垢えりあかが光るほどになっても一向平気だし、髪も至って無性で、抱主かかえぬしからうるさく云われて初めて三日目か四日目位に結う位、銭湯へもお座敷のいそがしい時なぞは幾日も入らず
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
吹込む呼吸いきが強くなるためだといって抱主かかえぬしが、君、朝御飯も食べさせない、たまるもんか、寒い処を、笛を習ってるうち呼吸いきが続かぬから気絶するのが、毎朝のようだ、水をふきかけて生返らして
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
抱主かかえぬしとの話がつくまで毎日逢っていようと言うんです。
あぢさゐ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
当夜植木だなのお薬師様の縁日に出たついでに、孫が好きだ、と草餅の風呂敷包を首に背負しょって、病中ながらかねて抱主かかえぬしのお孝が好いた、雛芥子ひなげしの早咲、念入に土鉢ながら育てたのを丁寧に両手に抱いて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
持病になって、三日置ぐらいには苦悶くるしみもだえる、最後にはあまり苦痛がはげしいので、くいしばっても悲鳴がれて、畳をかいむしって転げ廻るのを、可煩うるさいと、抱主かかえぬしが手足を縛って、口に手拭てぬぐい捻込ねじこんだ上
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)