慾得よくとく)” の例文
おれはただ、店子といえば子も同然、大家といえば親も同然——という心もちから、慾得よくとく離れてめんどうをみただけのことなのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
手術てわざが持ち前で好き上手じょうずであるので、道楽半分、数奇すき半分、慾得よくとくずくでなく、何か自分のこしらえたものをその時々の時候に応じ、場所にめて
慾得よくとくのためにのみ一緒になっているとしか思えない小野田に対する我儘わがままな反抗心が、彼女の頭脳あたまをそうも偏傾へんけいせしめた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
世間を驚かしてやろうという道楽五分に慾得よくとく五分の算盤玉をはじき込んで一と山当てるツモリの商売気が十分あった。
「そいつアいい考えだ。ではさっそく、浜松へ乗りこもう! だがなんでも慾得よくとくずくだ、無条件むじょうけんじゃいけねえぜ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多い小僧の中には面白半分にそこへ行く奴もある。またうまい物をくれるとか玩具おもちゃをくれるとかお金をくれるからというて慾得よくとくから好んで行く小僧もある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
時々とき/″\とほくから不意ふいあらはれるうつたへも、くるしみとかおそれとかいふ殘酷ざんこくけるには、あまりかすかに、あまりうすく、あまりに肉體にくたい慾得よくとくはなぎるやうになつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
父親てておやは海賊でも、母親は善人で御座いましてね、それにあの通り娘は出来が好いので御座いますから、これは私の慾得よくとくを離れて、どうにか纏めて遣りたいもので御座いますが……
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
しかしおく美人びじんだよ。あのはげしくくとふものが、おそらくおれふかおもへばこそだからな。賣色ばいしよくはいちがふ、慾得よくとくづくや洒落しやれ胸倉むなぐられるわけのものではないのだ。うふゝ。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
慾得よくとくづくでしたんぢや御座いません、皆な坊ちやんの爲を思つて——
そして酒をのませかゆなど食べさせてみると、この老人のはなしぶりや態度には、どこか飄乎ひょうこたる風があって、わざとらしくなく、また慾得よくとくもなければ愚痴ぐちもなく
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その生命の裏にも表にも、慾得よくとくはなかった、利害はなかった、自己を圧迫する道徳はなかった。雲の様な自由と、水の如き自然とがあった。そうしてすべてがブリスであった。だから凡てが美しかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)