忽焉こつえん)” の例文
子どものかどわかし!——どういう子どもをどこへ売ったか、大きななぞの雲が忽焉こつえんとして目の前に舞い下がってきたのです。
ついに非望のげられないことをさとった紀昌の心に、成功したならば決して生じなかったにちがいない道義的慚愧ざんきの念が、この時忽焉こつえんとして湧起わきおこった。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
未だその成功を得ざるうちに忽焉こつえんとして中尉の長逝を見ましたことは我々の最も痛恨極まりなきところであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
無人の境に忽焉こつえんとして現出する氷の宮殿ならば、嘆賞しておくだけで済むが、この現象がトンネルの掘ってある山などに起きると、話が面倒になってくる。
永久凍土地帯 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ルパンが眼前に閉された垂帳カアテン豁然かつぜんとして開かれた。彼が今日まで黒暗々裡に、暗中模索に捕われていた迷宮に、忽焉こつえんとして一道の光明が現れたのを覚えた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
今まで衒学げんがくと傲慢、偽善と陰険とで固められた宗教家、政治家、学者たちと激しく論戦せられたイエスの眼前に、この敬虔なる貧しき姿が忽焉こつえんとして浮かみ出たのは
誰かはこれを指して旅という。かかる旅は夢と異なるなきなり。出ずるに車あり食うに肉あり。手をたたけば盃酒忽焉こつえんとして前にで財布をたたけば美人嫣然えんぜんとして後に現る。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
居常唯だ書籍に埋もれ、味なき哲理に身を呑まれて、いたづらに遠路にあへぐものをして、忽焉こつえん、造化の秘蔵の巻に向ひ不可思議の妙理を豁破くわつぱせしむるもの、夏の休息あればなり。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
いや、ほんとうはこうして二人から離れ、私ひとり窓のそとの景色に忽焉こつえんとしているというのは、そのときのわが姿を、なん年振りかで眼に描いて、なつかしみたかったからである。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ね飛ばされて不二は一たび揺曳えうえいし、二たびは青木の林に落ちて、影に吸収せられ、地に消化せられ、忽焉こつえんとして見えずなりぬ、満野まんやしゆくとして秋の気をめ、騎客きかく草間に出没すれども
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
このとりとめなき空想能く何事をかし出さん。こゝに在りと見れば、忽焉こつえんとしてかしこに在り。汝は才といふか。才果して何をかなさん。眞の詩人の貴むところは、心の上の鍛錬なり。
(三六)ばうもつばうへ、なるをらず。神農しんのう(舜 )・(禹 )(三七)忽焉こつえんとしてぼつしぬ、(三八)われいづくにか適歸てききせん。吁嗟ああ(三九)かん。(四〇)めいおとろへたるかな
その時忽焉こつえんとして、二十五—二十七節の大思想が彼に光の如く臨んだ。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
忽焉こつえんとしていずれかへ消滅してしまったものでしたから、いかな捕物名人も、これにはいたくめんくらったようでしたが、と、——そのときまさしく裏の
その大都市が、ぶうんぶうんとあぶの飛び交っているこの山中の真昼の睡った空気と瑠璃色の空の下に、今忽焉こつえんとしてその全貌をさらけ出しているのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
まむしすえよ、誰が汝らに、来たらんとする御怒りを避くべきことを示したるぞ。さらば悔い改めにふさわしきを結べ」(マタイ三の七、八)と叫びし預言者の声は忽焉こつえんとして絶え
当時の日本の武蔵野の一隅に忽焉こつえんとして現われるはずはないので、何かこの書が出るには、それだけのものを産むべき学問の流れがあったにちがいないということは誰にも考えられる。
と、泣いて独語したが見る間に、少年は忽焉こつえんとして消え失せたという。
支那の狸汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
馬をいて過ぎゆく傖夫そうふを目送するに、影は三丈五丈と延び、大樹の折るる如くして、かの水に落ち、忽焉こつえんとして聖火に冥合す、彼大幸を知らず、知らざるところ、彼の最も大幸なる所以ゆえんなり、ああ
山を讃する文 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
まことにそれは忽焉こつえんとして先の日消えてなくなったむっつり右門で、右門は伝六のうれし泣きに泣いている姿を静かに見おろすと、涼しそうにいいました。
せめて浪華なにわあたりにその姿を現すだろうと思われたのに、いとも好もしくいともえやかなわが早乙女主水之介が、この上もなく退屈げなその姿を再び忽焉こつえんとして現したところは