微妙びみょう)” の例文
徳川時代の狂言きょうげん作者は、案外ずるく頭が働いて、観客の意識の底に潜在せんざいしている微妙びみょうな心理にびることがたくみであったのかも知れない。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
アナトール・フランスは、また、世界で屈指くっし名文家めいぶんかです。文章は平明へいめい微妙びみょう調子ちょうしととのっていて、その上自然な重々しさをもっています。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
パンと塩と水とをたべている修道院の聖者たちにはパンの中の糊精こせいや蛋白質酵素こうそ単糖類脂肪などみな微妙びみょうな味覚となって感ぜられるのであります。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかしその憂愁のあらわれは、それぞれの作家において、本質的にも色合いの上からも、微妙びみょうな差異を示しています。
「はつ恋」解説 (新字新仮名) / 神西清(著)
姑必ずしも薄情ならず、其安産を祈るは実母と同様なれども、此処ここ骨肉こつにく微妙びみょうの天然にして、何分なにぶんにも実母に非ざれば産婦の心を安んずるに足らず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
◯九章において神の宇宙創造及び支配を述べて高遠なる想像を筆にのぼせたる彼は、ここに繊細せんさい微妙びみょうなる造化の一面にその豊かなる描写力を向けたのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あるときは故郷こきょうおもしては、かなしいやるせない、それは、わたしには、あまり微妙びみょうでいいあらわせないような、もっとも尊重そんちょうされなければならぬ感情かんじょうを、わたしにばかり
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
谷間たにま気流きりゅうをうけてそれたのか、あるいは弦切つるぎれの微妙びみょうな指さきに、なにかのおちどがあったのだろうか、とにかく、白鳥の峰へとどかぬうち、きりのごとくかげして
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから障子しょうじの内と外で、話をしたり、笑ったり、それから谷川で二人して、その時の婦人おんな裸体はだかになってわしが背中へ呼吸いきかよって、微妙びみょうかおりの花びらにあたたかに包まれたら
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
微妙びみょう刀機とうきを尊ぶこの場合、魚心堂はこの動きで、立派に先を制することが出来たのだろう。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼女の言うことなすこと、彼女の身ぶり物ごしのはしはしにも、微妙びみょうな、ふわふわした魅力がただよって、その隅々すみずみにまで、他人には真似まねのできぬ、ぴちぴちした力があふれていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そうしてその微妙びみょう間歇かんけつが、ほとんど足が地につかないような歩調で歩きつつある私の中に、いつのまにか、ほとんど音楽の与えるような一種のリズミカルな効果を生じさせていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いわば動物として最も微妙びみょうなる知能を有する者、または才能によりて力の足らぬところを、武器をもっておぎない、豺狼虎豹さいろうこひょうも遠く及ばぬ力をたくましゅうするさまをいいあらわしたものであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
もちろん生態せいたいの変化には何の脈絡みゃくらくもなく、どこか間がぬけたところがあるかと思うと、まるで子供とは思われぬような、だしぬけに一変する微妙びみょうな神経の動きにドギマギすることがあった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
しばしば聴いたという者があるもっともこの人は浄るりの三味線弾きで流儀は自ら違うけれども近年地唄の三味線で春琴のごとき微妙びみょうの音をろうするものを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)