大磯おおいそ)” の例文
夕陽の中に富士足柄あしがらを望みし折の嬉しさなど思い出してはあの家こそなど見廻すうちにこゝも後になり、大磯おおいそにてはまた乗客増す。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
におう藤沢の、野面のおもに続く平塚も、もとのあわれは大磯おおいそか。かわず鳴くなる小田原は。……(極悪きまりわるげに)……もうあとは忘れました。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのころ西氏は脳疾で、あらゆる御役を引いて、間もなく大磯おおいそへ引移られました。三十年の一月に大磯で薨去こうきょされ、男爵を授けられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
そこでことさらに気分を易えて、この間大磯おおいそくなった大塚夫人の事を思い出しながら、夫人のために手向たむけの句を作った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
▲死んだ亡父おやじは、御承知のとおり随分ずいぶん幽霊ものをしましたが、ある時大磯おおいその海岸を、夜歩いて行くと、あのザアザアという波の音が何となく凄いので
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
そこで私は、三年の勤務をおわって辞任し、大磯おおいそに閑居することにした。私は自然を友として、しばらく遊んでいた。
私の歩んだ道 (新字新仮名) / 蜷川新(著)
矢印の示すところには赤鉛筆で、傍線ぼうせんのついている記事があった。表題は、「無線と雑音の研究」とあり、「大磯おおいそHSせい」という人が書いているのだった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「私はこれから大磯おおいそまで行って来ますが、帰りは十時ごろになるでしょう。さあ臨終に間に合うかどうかな。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いつのまにか明石あかしの舟別れの段が済み、弓之助の屋敷も、大磯おおいその揚屋も、摩耶まやヶ嶽の段も済んでしまったらしく、今やっているのは浜松の小屋のようだけれど
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一里九町走ってほどの宿。二里九町走って戸塚とつか。さらに二里飛ばして藤沢ふじさわ。よつや、平塚ひらつかと走りつけてこの間が二里半。大磯おおいそ、小田原と宿継ぎに飛ばして、ここが四里。
富士の裾野すそのを経、足柄山あしがらやまを越え、大磯おおいそを過ぎて、いつしか一行は、鎌倉に入ったのであった。
大磯おおいそ箱根はこねや湯河原を流れ渡って、唯今ただいまでは熱海のまつに巣を食って居ります。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
桂川けいせん詩集』、『遊相医話ゆうそういわ』などという、当時の著述を見たらわかるかも知れぬが、わたくしはまだ見るに及ばない。寿蔵碑じゅぞうひには、浦賀うらが大磯おおいそ大山おおやま日向ひなた津久井つくい県の地名が挙げてある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
しかも僕の前後にいるのは大磯おおいそかどこかへ遠足に行ったらしい小学校の女生徒ばかりだった。僕は巻煙草に火をつけながら、こう云う女生徒の群れを眺めていた。彼等はいずれも快活だった。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と奥様は特にうちとけたご挨拶あいさつだった。正三君は家へ帰って転学の手つづきをすませた。それから月末ご三男様がお兄様方と一しょ大磯おおいそ別荘べっそうからお帰りになるとすぐおやしきへひきとられた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いずこまで越したもうやとのわが問いは貴嬢きみを苦しめしだけまたかの君の笑壺えつぼに入りたるがごとし。かの君、大磯おおいそに一泊して明日は鎌倉かまくらまで引っ返しかしこにて両三日遊びたき願いに候えど——。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ヨウさんの賛成を待って筆をつけようと思った時は丁度七月のぼんに近く稽古けいこは例年の通り九月なかばまで休みになる。ヨウさんは家族をつれて大磯おおいその別荘に行く。わたしは暑気にあてられて十日ほど寝る。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「わたしもいつか大磯おおいそあつらえてわざわざ東京まで持って帰った事があるが、よっぽど気をつけないと途中でね」
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「こっちじゃめったにゆかないが、夏大磯おおいそでやる。僕は名人だぜ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
晩餐ばんさんに出たり、午餐に呼ばれたり、倶楽部クラブに行ったり、新橋に人を送ったり、横浜に人を迎えたり、大磯おおいそへ御機嫌伺いに行ったり、朝から晩まで多勢の集まる所へ顔を出して、得意にも見えなければ
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)