“墳(つか)” の例文
孔明の墳(つか)のある定軍山に雲がおりると今でもきっと撃鼓(げきこ)の声がする。漢中の八陣の遺蹟には、雨がふると、鬨(とき)の声が起る。「干宝晋記(かんほうしんき)」
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一行はアルバノの山を踰(こ)えたり。カムパニアの曠野(ひろの)は我前に横(よこたは)れり。道の傍なる、蔦蘿(つたかづら)深く鎖(とざ)せるアスカニウスの墳(つか)は先づ我眼に映ぜり。
私は病妻の埋められてある墳(つか)の前で、向うにさびしい沼の一部を眺めながら、そのフエルランドの小曲を低声に誦した。
あさぢ沼 (新字旧仮名) / 田山花袋、田山録弥(著)
一心寺に元和(げんな)の往時(むかし)、天王寺で討死(うちじに)した本多忠朝(たゞとも)と家来九人を葬つた墳(つか)のある事は、誰もがよく知つてゐる筈だ。
岸本は岡の傾斜のところに造られた墓地を通りぬけて、杉の木立の間から村の一部の望まれるような位置へ出た。二つの墳(つか)が彼の眼に映った。そこに両親が眠っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これらの㕝逃入村(にごろむら)の不思議(ふしぎ)に類せり。しかれども件(くだん)の二ツは社(やしろ)ありて丹後の人を忌(いみ)、墓(はか)ありて盲人(めくら)をきらふなり、逃入村(にごろむら)は墳(つか)あるゆゑに天満宮の神灵(しんれい)此地を忌(いみ)玉ふならん。
鳶の声澄みつつ舞へれ陵(みささぎ)の槐(ゑんじゆ)は枯れぬ墳(つか)に槐は
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
老人も子供も墳(つか)の間(あいだ)に出没した。
薬 (新字新仮名) / 魯迅(著)
どうか、末節の小義にとらわれず、忠孝の大本にかえって下さい。われわれ兄弟の父母の墳(つか)は、みな江北にあって江南にはありません。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これらの㕝逃入村(にごろむら)の不思議(ふしぎ)に類せり。しかれども件(くだん)の二ツは社(やしろ)ありて丹後の人を忌(いみ)、墓(はか)ありて盲人(めくら)をきらふなり、逃入村(にごろむら)は墳(つか)あるゆゑに天満宮の神灵(しんれい)此地を忌(いみ)玉ふならん。
山村に眠る両親の墳(つか)は未だそのままにしてあったので、幸作へ宛(あ)てて手紙を送って、墓石のことを頼んで遣った。返事が来た。石の寸法だの、直段書(ねだんがき)だのを細く書いて寄した。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
聞説(きくな)らく、昔はボツカチヨオ涙をヰルギリウスの墳(つか)に灑(そゝ)ぎて、譽を天下に馳せたりとぞ。
「ここには、亡き馬超(ばちょう)の墳(つか)がある。いまわが蜀軍の北伐(ほくばつ)に遭うて、地下白骨の自己を嘆じ、なつかしくも思っているだろう。祭を営(いとな)んでやるがよい」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此所に景清が娘の墳(つか)もあり、一村の氏神にまつる、此村かならず盲人(まうじん)を忌(い)む、盲人他処より入れば必祟(たゝり)あり、景清後(のち)に盲人になりしゆゑ、母の灵(れい)盲人(めくら)を嫌ふと所の人のいへりと記(しる)せり。
幸作に頼んで作った新しい墓石は墳(つか)の前に建ててあった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と悲しんで、手ずから遺骸を祭り、黄河のほとりに墳(つか)を築いて、それに「忠烈(ちゅうれつ)沮君之墓(そくんのはか)」と碑(ひ)にきざませた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此所に景清が娘の墳(つか)もあり、一村の氏神にまつる、此村かならず盲人(まうじん)を忌(い)む、盲人他処より入れば必祟(たゝり)あり、景清後(のち)に盲人になりしゆゑ、母の灵(れい)盲人(めくら)を嫌ふと所の人のいへりと記(しる)せり。
勅して、順平侯と諡(おくりな)し、成都郊外の錦屏山(きんぴょうざん)に、国葬をもって厚く祭らしめた。また、その遺子趙統(ちょうとう)を、虎賁(こほん)中郎に封じ、弟の趙広を、牙門(がもん)の将に任じて、父の墳(つか)を守らせた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
辻に梟(か)くるところの賊首何千、さらに、張角を埋(い)けた墳(つか)をあばいてその首級を洛陽へ上(のぼ)せ
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……いわばこの際は彼みずから呉境へ首を埋める墳(つか)を探しにきたようなものだ。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「蜀宮を墳(つか)としても、魏と最後の最後まで戦うべきです」
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「実は、御先祖の墳(つか)へ、墓まいりに行ってまいりました。早暁に出て、御酒宴の前までには立帰って来るつもりでしたが、古(いにしえ)の蹟(あと)は草に埋もれ田と変り、なかなか見つからないものですから、つい遅く相成りました」
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冀州の城北に、墳(つか)を建て、彼は手厚く祠(まつ)られた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)