剽悍ひょうかん)” の例文
天城四郎はきれいに頭をっていた。見るからに剽悍ひょうかんなあの野武士ていの姿はどこにもない。この寒空にうすい墨の法衣ころも一枚なのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただしその代わり毎年の元旦、選ばれた芸人が柳営りゅうえいへ参り、祝儀の放歌を奏したものである。里人の性質は剽悍ひょうかんで、義侠心に富んでいた。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼等に附添って一緒に来た、他の剽悍ひょうかんなマノノ人等は、犯人達が街を通って牢へ連れて行かれる途中で、大声に呼びかけた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
徒刑場における彼は、険悪で、陰鬱いんうつ、純潔で、無学で、剽悍ひょうかんであった。その老囚徒の心は少しもわるずれていなかった。
五尺そこそこの身体に土佐犬のような剽悍ひょうかんさが溢れて、鳩尾みぞおちの釘抜の刺青があわせの襟下から松葉のようにちらと見える。
文中記載のゴリラを生獲いけどりしてこの一行に持ち込んだらしい剽悍ひょうかん兀鷹ズール族の一隊というのは、その千八百哩の彼方密林中に住んでいた土人種族にしても
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「私は役場のものですが、私は文化を農村へ注入したいのですよ。それにはどういうことが良いと思われますか。」と、一人の若い剽悍ひょうかんな人が訊ねた。
骸骨の塔の高さを誇る鼻の種族は、敵を見る事草木の如き剽悍ひょうかん無残の鼻を真っ先に立てて、毒矢毒槍を揮いました。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、そう云われてみれば成る程ひどく剽悍ひょうかんそうな体つきをしている、その見知らぬ男の顔をまじまじと眺めたのであった。とたちまち男の顔に不吉な影が浮んだ。
薔薇の女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
私はこういう剽悍ひょうかんな奴が、眼をランランと光らせて、樺太の密林のなかを彷徨ほうこうしている姿を想像した。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
なるべく剽悍ひょうかんな、獰猛どうもうな犬であればある程、それに護衛されながら行く婦人の容姿が、ひと際引き立って魅惑的な印象を与える。と、そういうのが巴里子の持論であった。
この剽悍ひょうかんな専制君主も、時にすこぶる子供つぽい滑稽な一面をまる出しにすることがあつた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
それに、どちらも、五人が想像していたような剽悍ひょうかんな装備はしていなかった。自動小銃も持っていなければ、弾帯もつけていない。教授の手に一梃の拳銃があるだけだった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大坪流の古高新兵衛はたくましい黒鹿毛くろかげ、八条流の黒住団七は連銭葦毛れんせんあしげ、上田流の兵藤十兵衛は剽悍ひょうかんな三さい栗毛くりげ、最後に荒木流の江田島勘介は、ひと際逞しい鼻白鹿毛はなじろかげに打跨りつつ
黒い剽悍ひょうかんそうな縮毛ちぢれげの頭に花環飾りをのせ、胸にも同じような花飾りを吊っている。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
街を、剽悍ひょうかんな蒙古騎兵の一隊が南へ、砂煙を立てながら、風のように飛んで行く。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
辣腕らつわん剽悍ひょうかんとの点においては近代これに比肩ひけんする者無しとたんぜられているひと。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
毎年秋風が立ちはじめるときまって漢の北辺には、胡馬こばむちうった剽悍ひょうかんな侵略者の大部隊が現われる。辺吏が殺され、人民がかすめられ、家畜が奪略される。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
と、初めて、怒声を叩き返したのは、剽悍ひょうかんなる原士のひとり、無謀! 血気な太刀に風をくらわせて、閃光せんこうとともに弦之丞の身辺へ躍りかかって行った。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかるにこの島の土人なる者が、昔から剽悍ひょうかんでございましたので、幾多著名の冒険家達もついにこの島を窺うことが出来ず、今日まで捨てられておりました。
だが、この秀の浦が、なるほど珍しいくらいな小男の醜男でしたが、剽悍ひょうかんの気その全身にみなぎりあふれて、見るからにひとくせありげな、ゆだんのならぬつらだましいでありました。
目をつっつきそうに伸びすぎて剽悍ひょうかんに見える黒いオカッパの下から、時々真面目くさった視線で二郎の方を見ながら、運動をつづけているのであったが、やがて二郎が、ぶっきら棒に
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼はスラリとした長身で、その骨組はまるでシェパードのように剽悍ひょうかんに見えた。ただ彼はいつものように眼から下の半面を覆面し、鳥打帽の下からギョロリと光る二つの眼だけを見せていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その時は、北方から剽悍ひょうかんな遊牧民ウグリ族の一隊が、馬上に偃月刀えんげつとうりかざして疾風しっぷうのごとくにこの部落をおそうて来た。湖上の民は必死になってふせいだ。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
剽悍ひょうかんで一徹者、何ごとにも荒けずりな性格を見せる天堂が、妙に楽しまぬ色で、考えこんでいるので、周馬と孫兵衛がだんだんたずねると、やっと、口を開いた。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すぐに走り出していった様子でしたが、程経て下僕が、一匹の見るからに剽悍ひょうかん無比などら猫を曳いて帰ったので、退屈男は手ずからそれなる不審の鯛をとりあげると、笹折ごとに投げ与えました。
孔子はこの剽悍ひょうかんな弟子の無類の美点をだれよりも高く買っている。それはこの男の純粋な没利害性のことだ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
或は、世の中の推移にかかわらず世間の抜け目ばかりうかがっているゴマの灰とか、人買ひとかいとかいう、道中荒らしの鼠賊そぞくか。さもなければ、剽悍ひょうかんなるこの地方の野武士か。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)