せん)” の例文
そして病院へ入れたり、海辺へやったりして手を尽して来た、せんかみさんの病気の療治に骨の折れたことや、金のかかった事をもこぼした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
せんの家内といふのは、矢張やはり飯山の藩士の娘でね、我輩のうちの楽な時代にかたづいて来て、未だ今のやうに零落しない内にくなつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
せんに言ったことをすっかり……ああ、わたしは……え、どうなさいまして!……だってこんなこと、あなたにはどうだって同じじゃございませんの!
まきぞえにしてすみませんが、あの衣服と扇子は、私のせんの夫の持っていたものですよ、決して怪しいものじゃありません、だから疑いが晴れたじゃありませんか
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
せんの向島の大連の時で、その経験がありますから、今夜は一番ひとつあかり晃々こうこうとさして、どうせあらわれるものなら真昼間まっぴるまおいでなさい、明白でい、と皆さんとも申合せていましたっけ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌朝お繼は早く泊りを立出たちいでゝ、せん申す巡礼と両側を流し、向うが此方こちらへ来れば、此方が向側と云う廻り合せで、両側を流しながら遂々とう/\福島を越して、須原すはらという処に泊りましたが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
蓮華寺へ行つたお志保——彼娘あのこがまた母親にく似て居て、眼付なぞはもう彷彿そつくりさ。彼娘の顔を見ると、直にせんの家内が我輩の眼に映る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
せんに働いていた川西という工場のことを、小野田は心に描いていたが、前借などの始末のやりっぱなしになっている其処へは行きたくなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
恭「やア叔母さん、あのねせん来た花魁のお嬢さんが這入って来たよ」
古い家じゃが名代なだいで。せんには大きな女郎屋じゃったのが、旅籠屋になったがな、部屋々々も昔風そのままなうちじゃに、奥座敷の欄干てすりの外が、海と一所の、いか揖斐いび川口かわぐちじゃ。白帆の船も通りますわ。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どうやら。家へあまりいらしゃらんさかえ。せんかって、そうお金をつかったという方じゃないですもの」
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一盃いつぱいやると、きつと其時代のことを思出すのが我輩の癖で——だつて君、年を取れば、思出すより外に歓楽たのしみが無いのだもの。あゝ、せんの家内はかへつて好い時に死んだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
二年のも床についていたせんかみさんの生きているうちから、ちょいちょい逢っていた下谷したやの方の女と、鶴さんが時々媾曳あいびきしていることが、店のものの口吻くちぶりから、お島にも漸く感づけて来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)