乱杭らんぐい)” の例文
旧字:亂杭
きたない乱杭らんぐい歯だったのにと俺は俺の眼を疑った。色白の、むくんだような顔も、かつてのアビルと同一人物とは思えぬ変りようだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
どうでえ、手前てめえできのいい女郎に、子供を生ませて——とこう眺めていると、鼻は獅子しし鼻、歯は乱杭らんぐい、親の因果が、子に報いってつらだなあ
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
眼がひきつり、乱杭らんぐい歯をむきだしにして、唇の部厚な口が、ポカッと開いている。狸のようである。マンは、耳を男の胸にくっつけてみた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
義仲勢は、宇治も勢多も橋板をはずし、川底に乱杭らんぐいを打ちこみ、そこへ縦横に大綱を張り廻らし、またこれに逆茂木さかもぎをつないで流してある。
国をあげて、外敵にそなえた日の防柵ぼうさくや石垣や乱杭らんぐい腐木ふぼくなどが、今も川床かわどこや草の根に見あたらなくはない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝焼けの揺らめいた川波には坊主頭の死骸しがいが一人、磯臭い水草や五味ごみのからんだ乱杭らんぐいの間に漂っていた。——彼は未だにありありとこの朝の百本杭を覚えている。
磯に沿うたがけと、小屋の支えになった乱杭らんぐいの間の細道を歩かせられて、どうやら材木小屋の下をくぐって深い穴蔵あなぐらの中へ引張り込まれて行くように思われてきました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今の世に何人なんびとの戯れぞ。紀文きぶん杯流さかずきながしの昔も忍ばるるゆかしさと思うもなく、早や二、三そうの屋根船が音もなく流れて来て石垣の下なる乱杭らんぐいつながれているではないか。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「これぞ、自然おのずからなる要害、樹の根の乱杭らんぐい枝葉えだは逆茂木さかもぎとある……広大な空地じゃな。」
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お前の竿の先の見当の真直まっすぐのところを御覧。そら彼処あすこに古い「出しぐい」がならんで、乱杭らんぐいになっているだろう。その中の一本の杭の横に大きな南京釘ナンキンくぎが打ってあるのが見えるだろう。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
吹き通しも夏はせいせいして心持ちがいいものだ、不用心だって金のないところに盗難のあるはずはない。だから主人の家に、あらゆるへい、垣、乃至ないし乱杭らんぐい逆茂木さかもぎの類は全く不要である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうだろう。その方の人相は、どう買い被っても悪人という相じゃない。鼻がっくり返って、眼尻が下がって、歯が少し乱杭らんぐいだな、そんな刻みの深い顔は、すべて善人か愚人にあるものじゃ」
痙攣ひきつったように、ふるえだした。醜悪な顔が化物のようになり、むきだされた乱杭らんぐい歯が、ガチガチ、鳴る。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
無数な人馬のかばねは、河中の張り縄や乱杭らんぐいにひッかかったまま水に洗われており、橋板のない大橋の上にも矢に仆れた味方の死者が、あえなく橋ゲタに伏したり、ブラ下がって
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「百本杭」はその名の示す通り、河岸に近い水の中に何本も立っていた乱杭らんぐいである。昔の芝居は殺し場などに多田の薬師の石切場と一しょに度々この人通りの少ない「百本杭」の河岸を使っていた。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
遥か奥のかたには、葉のやや枯れかかった葡萄棚ぶどうだなが、影をさかしまにうつして、此処ここもおなじ溜池ためいけで、門のあたりから間近な橋へかけて、透間すきまもなく乱杭らんぐいを打って、数限かずかぎりもない材木を水のままにひたしてあるが
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そしてなお、川の中には、乱杭らんぐいを打込み、大綱を張りまわし、膳所ぜぜ供御くごのあたりまでは水も見えぬほどな流木りゅうぼくだった。すべて敵の渡河にたいする防禦であるのはいうまでもない。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歯糞のたまった、黄色い乱杭らんぐい歯を、猿のように、むきだして
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)