“へいはふ”の漢字の書き方と例文
語句割合
兵法100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
太史公(たいしこう)曰(いは)く、世俗(せぞく)、稱(しよう)する所(ところ)の(一一二)師旅(しりよ)は、皆(みな)、孫子(そんし)十三篇(ぺん)・呉起(ごき)の兵法(へいはふ)を道(い)ふ。世(よ)多(おほ)く有(あ)り、故(ゆゑ)に論(ろん)ぜず。其行事(そのかうじ)と施設(しせつ)する所(ところ)の者(もの)とを論(ろん)ず。
「路地の足跡や、川の中の短刀は皆んなその浪人が見付けてくれました。見掛けによらない才智者で、うんと褒(ほ)めてやると、——こいつは兵法(へいはふ)の一つだから、何んでもないよ、なんて脂下(やにさが)つて居ましたが」
兵法(へいはふ)に、百里(り)にして(四六)利(り)に趣(おもむ)く者(もの)は、上將(じやうしやう)を蹶(たふ)し、五十里(り)にして利(り)に趣(おもむ)く者(もの)は、(四七)軍(ぐん)、半(なか)ば至(いた)る
太史公(たいしこう)曰(いは)く、余(よ)、司馬(しば)の兵法(へいはふ)を讀(よ)むに、(三六)閎廓(くわうくわく)深遠(しんゑん)にして、(三七)三代(だい)の征伐(せいばつ)と雖(いへど)も、未(いま)だ其義(そのぎ)を竟(つく)す※能(あた)はず、其文(そのぶん)の如(ごと)きは、亦(また)(三八)少(すこ)しく襃(はう)せり。
而(しかう)して諸矦(しよこう)、齊(せい)に朝(てう)す。齊(せい)の威王(ゐわう)、大夫(たいふ)をして古者(いにしへ)の司馬(しば)の兵法(へいはふ)を(三五)追論(つゐろん)せしめ、而(しかう)して穰苴(じやうしよ)((ノ兵法))を其中(そのうち)に附(つ)け、因(よ)つて號(がう)して司馬穰苴(しばじやうしよ)の兵法(へいはふ)と曰(い)ふ。
夫(か)の穰苴(じやうしよ)の區區(くく)として小國(せうこく)の爲(た)めに師(し)を行(や)るが若(ごと)き、何(なん)ぞ司馬(しば)の兵法(へいはふ)の(三九)揖讓(いふじやう)に及(およ)ぶに暇(いとま)あらんや。世(よ)既(すで)に司馬(しば)の兵法(へいはふ)多(おほ)し、故(ゆゑ)を以(もつ)て論(ろん)ぜず、穰苴(じやうしよ)の列傳(れつでん)を著(あらは)す。