“ぶしょう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:ブショウ
語句割合
無精32.0%
不精29.0%
無性13.0%
不性9.0%
武昌6.0%
武松4.0%
部将2.0%
武将1.0%
懶惰1.0%
武勝1.0%
武相1.0%
誦称1.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
無精(ぶしょう)でわがままな彼は玄関先まで出て来ながら、なかなか応じそうにしなかったのを、母親が無理に勧めてようやく靴を穿(は)かした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも村野はひどく筆不精(ぶしょう)な質(たち)で、赤座の手紙に対して三度に一度ぐらいしか返事をやらないので、自然に双方のあいだが疎(うと)くなって
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まだ三十がらみの壮者だが、顔いちめんの青痣(あおあざ)へもってきて赤いまだら髯(ひげ)を無性(ぶしょう)に生やし、房(ふさ)付きの范陽(はんよう)笠を背にかけて、地色もわからぬ旅袍(たびごろも)。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
入れしゆえにつりし蚊帳(かや)が油煙にてまっ黒になりしという故事に引きくらべて文盲儒者の不性(ぶしょう)に身持ちをして人に誇るものあり。いかに学問するとても顔や手を
人の言葉――自分の言葉 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
明の律は太祖の武昌(ぶしょう)を平らげたる呉(ご)の元年に、李善長(りぜんちょう)等(ら)の考え設けたるを初(はじめ)とし、洪武六年より七年に亙(わた)りて劉惟謙(りゅういけん)等(ら)の議定するに及びて、所謂(いわゆる)大明律(たいみんりつ)成り
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
小説には『水滸伝』の武松(ぶしょう)李逵(りき)など単身虎を殺した者が少なからぬ、ただし上の(三)にも述べた通り虎の内にも自ずから強弱種々だから
北朝鮮の寒さには、さすがの日本軍もなやまされ、春の雪どけまで、蔚山(うるさん)に城(しろ)をきずいて籠城(ろうじょう)することになった。加藤清正、浅野幸長(あさのゆきなが)、それに毛利勢の部将(ぶしょう)宍戸備前守(ししどびぜんのかみ)らがいっしょである。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
あのとき、秀吉に侍(じ)していた、あまたの武将(ぶしょう)や侍のなかに、たしかに、大九郎のすがたも見えた。可児才蔵の顔もあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、戦国の武将(ぶしょう)たちは、みんなそれを忘れている。もうひとつ忘れていることがある。それは貧(まず)しい下々(しもじも)の民(たみ)だ。われらの味方(みかた)するのはその人たちだ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
両手で頬杖(ほおづえ)しながら匍匐臥(はらばいね)にまだ臥(ふし)たる主人(あるじ)、懶惰(ぶしょう)にも眼ばかり動かして一(ひ)ㇳ眼(め)見しが、身体(からだ)はなお毫(すこし)も動かさず
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
燕王、指揮(しき)武勝(ぶしょう)を遣(や)りて、朝廷兵を罷(や)むるを許したまいて、而して糧を絶ち北を攻めしめたもうは、前詔(ぜんしょう)と背馳(はいち)すと奏す。帝書を得て兵を罷(や)むるの意あり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おびただしい重宝珍器の手土産が、羗(きょう)の武相(ぶしょう)越吉元帥(えつきつげんすい)と、宰相(さいしょう)の雅丹(がたん)などに贈られた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
祈祷文の誦称(ぶしょう)も上の空、腹がたつほどお粗末なものだった。
フランス伯N・B (新字新仮名) / 久生十蘭(著)