鞍上あんじょう)” の例文
鞍上あんじょうひとなく、鞍下あんかに馬なく、青葉ゆらぐ台町馬場の芝草燃ゆる大馬場を、投げ出された黒白取り取りのまりのように駈け出しました。
彼の今日ある第一の功労者といえば赤兎馬せきとばであろう。その赤兎馬もいよいよ健在に、こよいも彼を螺鈿らでん鞍上あんじょうに奉じてよく駆けてゆく。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ベートーヴェンやショパンを感ずる前に、ピアニストの指を感じさせる場合の方が多いのに、バックハウスに至っては、鞍上あんじょう人なく鞍下あんか馬無しだ。
それっきり自分は口をつぐんでしまったが、たった一瞬間にして通り過ぎただけの白馬鞍上あんじょうの紳士の姿は、一生涯忘れられないほどさわやかに眼に残った。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
鞍上あんじょうの人ももとより咽喉のどが渇いているであろうが、馬も烈日の威に堪えず、あえぎ喘ぎ歩みつつある。広漠たる夏野にさしかかって、どこで水に逢著するかわからぬ。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
残る一つの「鞍上あんじょう」はちょっとわれわれに縁が遠い。これに代わるべき人力じんりきや自動車も少なくも東京市中ではあまり落ち着いた気分を養うには適しないようである。
路傍の草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鞍上あんじょう人なく、鞍下あんか馬なし矣。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
黒鹿毛のひづめをあげて、三にかけちらしながら、はやくも鞍上あんじょうの高きところより、右に左に、戒刀かいとうをふるって血煙ちけむりをあげる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鞍上あんじょう厠上しじょうの場合にはこれが明白であるが枕上ちんじょうではこれが明白でないように見える。
路傍の草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
将門は、馬寄せから、鞍上あんじょうの人となって、館を出て行った。馬の上から振り向いて、家人の中の新妻へ、明るい一言を残した。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三上さんじょう」という言葉がある。枕上ちんじょう鞍上あんじょう厠上しじょう合わせて三上の意だという。「いい考えを発酵させるに適した三つの環境」を対立させたものとも解釈される。なかなかうまい事を言ったものだと思う。
路傍の草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
半弓、吹矢、笛太鼓、蹴毱けまり酒瓢さけふくべなどを持ちかざし、おそろしく派手に飾った化粧馬の鞍上あんじょうには、例の兼軍奉行の義弟、殷直閣いんちょっかくがニタニタと乗っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
双方の駒はあわを噛んで、いななき立ち、一上一下、剣閃槍光けんせんそうこうのはためく下に、駒の八ていは砂塵を蹴上げ、鞍上あんじょうの人は雷喝らいかつを発し、勝負は容易につきそうもなかった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜色やしょくをこめた草原のはてを鞍上あんじょうから見ると——はるかに白々しらじらとみえる都田川みやこだがわのほとり、そこに、なんであろうか、一みゃく殺気さっき、形なくうごく陣気じんきが民部に感じられた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
憮然ぶぜんとして、鞍上あんじょうから月を仰いだ。そしてしきりと、謙信は、片目をしばたたいた。額から頬へとかけて浴びている血しおが睫毛まつげに乾きかけて眼を塞いでしまうらしかった。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高綱はまだ、れ狂う生唼の鞍上あんじょうに、歯がみをしながら手綱をさまざまつかいわけていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また彼のすがたが星空をいてじっと鞍上あんじょうに坐ったまま、しばらく動きもせぬために、それを仰いで、前後にきらめく諸将の甲冑かっちゅうも、あとに続くおびただしい鉄甲の影、旗の影、馬匹の影も
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楽進の真眉間まみけんに立ったので、楽進は、槍を投げて、鞍上あんじょうからもんどり打った。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都へ入ると武将はみな一様に大宮人の生活やよそおいをまねしたがり、堂上の若公卿ばらは、逆にかれら武人の鞍上あんじょうの姿だの、小鷹こたかを据えたり、弓矢を飾り持つ風俗などに大かぶれの有様なのだ。
何か用もなげに通りすがった人のように、平然と鞍上あんじょうに揺られていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
介三郎と格外は、左右から身をたすけた。けれど、あぶみへちょっと足が掛かると、さすがに鍛練されたからだはまだ残っている。あざやかに鞍上あんじょうにまたがり、すぐ馬首を立てて春風に道を求めている。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
張飛は、馬の側へきて、やや不平そうに、鞍上あんじょうの玄徳へいった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
共に、鞍上あんじょうの人となり、手綱をならべて、はや行きかける。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵は、敢て辞退せず、鞍上あんじょうの人になって
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と尊氏は、鞍上あんじょうのまま。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)