霜枯しもが)” の例文
広い縁の向うに泉水せんすいの見える部屋だ。庭いっぱい、黄金こがねいろの液体のような日光がおどって、霜枯しもがれの草の葉が蒼穹あおぞらの色を映している。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
霜枯しもがれそめたひくすすき苅萱かるかやや他の枯草の中を、人が踏みならした路が幾条いくすじふもとからいただきへと通うて居る。余等は其一を伝うて上った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
羽根はねは、くるまうえからさびしい霜枯しもがれの野原のはらました。田圃たんぼあいだとおみち霜解しもどけがして、ぬかるみになっていました。
東京の羽根 (新字新仮名) / 小川未明(著)
右近うこんの馬場を右手めてに見て、何れ昔は花園はなぞのの里、霜枯しもがれし野草のぐさを心ある身に踏みしだきて、太秦うづまさわたり辿たどり行けば、峰岡寺みねをかでらの五輪の塔、ゆふべの空に形のみ見ゆ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
神田明神下の平次の家も、この二三日は御用が暇な上懷中ふところまでが霜枯しもがれで、外へ出て見る張合もありません。
さびしい霜枯しもがれの草におおわれた赤土の斜面と、その上に立っている小さな、黒い人影を予想しながら……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
野菊やあざみはまだ青みを持って、黄いろく霜枯しもがれた草の中に生きている。野菊はなお咲こうとしたつぼみがはげしい霜に打たれてくさったらしく、小さい玉を結んでる。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と、冬日だまりに散らばう廃跡の侘しさをむのであった。「侘び」とは蕪村の詩境において、寂しく霜枯しもがれた心の底に、楽しく暖かい炉辺の家郷——母の懐袍ふところ——を恋いするこの詩情であった。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
やがて天塩てしおに入る。和寒わっさむ剣淵けんぶち士別しべつあたり、牧場かと思わるゝ広漠こうばくたる草地一面霜枯しもがれて、六尺もある虎杖いたどりが黄葉美しく此処其処に立って居る。所謂泥炭地でいたんちである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
公園こうえん花壇かだん霜枯しもがれがしていて、いまはあかいているはなもありませんでした。けれど、くろいやわらかなつちからは、来年らいねんさく草花くさばなが、もうぷつぷつとみどりいろあたませていたのです。
朝の公園 (新字新仮名) / 小川未明(著)
十二月から三月一ぱいは、おびただしい霜解けで、草鞋か足駄あしだ長靴でなくては歩かれぬ。霜枯しもがれの武蔵野を乾風が飈々ひゅうひゅうと吹きまくる。霜と風とで、人間の手足も、土の皮膚はだも、悉くひびあかぎれになる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)