逢曳あいびき)” の例文
引入れて雨戸を締めると、中は真っ暗、手と手を握った二人は、遠い廊下の有明ありあけを目当てに、逢曳あいびきらしい心持で、奥へ辿たどりました。
後に成って、反って大塚さんは眼に見えない若い二人の交換とりかわす言葉や、手紙や、それから逢曳あいびきする光景さままでもありありと想像した。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつかの床の上へ席の支度をさせ、今日はこっそり逢曳あいびきに来たのだ、などと云って仲居たちを遠ざけ、二人だけでぜんに向った。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
小さな声で、明日の夕方、近所の石河岸いしがしまで若旦那様に来て頂けないでしょうかと云うんだ。野天の逢曳あいびきは罪がなくって好い。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
皆さんは北園竜子の召使の老婆の証言によって、竜子がどこの誰とも知れぬ四十歳余りの男と、ひそかに逢曳あいびきを続けていたことを御存知でしょう。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……翌日も逢曳あいびきのあとで、ソフィヤ・リヴォヴナはまた一人で橇を雇って乗り廻し、叔母さんのことを思い出した。
「若ーさんの前ですがね、晴子というやつはね、家のお帳場さんの伊ーさんに熱くなって、世間のうわさではちょいちょい、どこかで逢曳あいびきしているんだとさ。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山県陸軍卿が御用商人の三谷のこの寮へ行って、堀の小さんと泊まりがけで逢曳あいびきしたのも当時人の噂に上った。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
東京を立つときから「九州へ行ったら」という約束のフグだけに、たとえば逢曳あいびきの彼女の常ならぬ薄化粧をまず見入る男の眼のごとく、いやしい味覚がそそられる。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじめ蝶吉と歌枕で逢曳あいびきの重なる時分、神月は玉司子爵の婿君であったから、一擲いってき千金はそのかたしとせざる処、蝶吉が身を苦界から救うのはあえて困難な事ではなかった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
U氏が最初からの口吻くちぶりではYがこの事件に関係があるらしいので、Yが夫人の道にはずれた恋の取持ちでもした、あるいは逢曳あいびきの使いか手紙の取次でもしたかと早合点はやがてんして
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それでも知らねえと強情ごうじょうを張るか。又そのお近という女は、ときどきにお前の家へ忍んで来て、黒沼の婿の幸之助と逢曳あいびきをしている筈だが……。それでもお前は強情を張るか
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それには女の言葉に依ればおふささんは同じ家で密夫と逢曳あいびきの最中との事であるから、夜の白むのを待たず高円寺の自宅に取って返し、房枝の存在を確める事が一番近道で有ります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
お君の話のテンポの遅さと、八五郎の逢曳あいびき? を享楽する心持こころもちられて、いつの間にやら四半刻しはんとき(三十分)ほどの時間はちました。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
目付屋敷には、まだ竹屋三位がいるので、そこへいわくのあるお米を連れこむことはできないし、逢曳あいびきのように外でひそひそと話しているのは、なおさら外聞がいぶんにかかわる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と誰かが云った、「ときどきあの女がどこかへ行くのは、そいつと逢曳あいびきをするためだな」
留さんとその女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……その次第わけは「島津は近頃浮気をして、余所よそおんなと、ここで逢曳あいびきをするらしい。」……
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
待て、人の妻と逢曳あいびきを、と心付いて、こうべれると、再び真暗まっくらになった時、更に、しかし、身はまだ清らかであると、気を取直して改めて、青く燃ゆる服の飾を嬉しそうに見た。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところがその時分、正吉は妹娘のお美津と、ひそかに恋を語るようになっていた。そして或る日……奥土蔵の中で、二人が罪のない逢曳あいびきをしているところを番頭の一人に発見された。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「お前と専次の逢曳あいびきを、家の者は誰も知らないのか」
おどれ、俺の店まで、呼出しに、汝、逢曳あいびきにうせおって、姦通まおとこめ。」
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この間二年あまり相たち申候もうしそうろう。歌枕の今夜の逢曳あいびき
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)