“途中(みち)” の例文
それでも世界中が親類と思うて、西洋人(いじん)の世話までしてみましたが、誰でも金(かね)の話だけが親類で、他事(あと)は途中(みち)で擦違(すれちご)うても知らん顔です。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
○又尾張の名古屋の人吉田重房が著(あらは)したる筑紫記行(つくしきかう)巻の九に、但馬国(たじまのくに)多気郡(たけこほり)納屋村(なやむら)より川船にて但馬の温泉(いでゆ)に抵(いた)る途中(みち)を記(しる)したる条(くだり)に曰(いはく)、○猶舟にのりて行(ゆく)。
さて、若葉(わかば)、青葉(あをば)、雲(くも)いろ/\の山々(やま/\)、雪(ゆき)を被(かつ)いだ吾妻嶽(あづまだけ)を見渡(みわた)して、一路(いちろ)長(なが)く、然(しか)も凸凹(でこぼこ)、ぐら/\とする温泉(ゆ)の路(みち)を、此(こ)の親仁(おやぢ)が挽(ひ)くのだから、途中(みち)すがら面白(おもしろ)い。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
そんなことは奥様も御存(ごぞんじ)なしで、御慈悲に拝ませて遣(や)るという風をなさりながら町を御歩行(おあるき)なさいました。たまたま途中(みち)で御親類の御女中方に御逢なさることが有ても、高い御挨拶(あいさつ)をなさいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
○又尾張の名古屋の人吉田重房が著(あらは)したる筑紫記行(つくしきかう)巻の九に、但馬国(たじまのくに)多気郡(たけこほり)納屋村(なやむら)より川船にて但馬の温泉(いでゆ)に抵(いた)る途中(みち)を記(しる)したる条(くだり)に曰(いはく)、○猶舟にのりて行(ゆく)。
今度(こんど)は目(め)は眩(くら)まない。背後(うしろ)の方(はう)も見(み)えるから、振返(ふりかへ)つて背後(うしろ)を見(み)ると、娘(むすめ)は何故(なぜ)か、途中(みち)へ踞(しやが)んでて動(うご)かない。而(さう)して横腹(よこばら)を抱(かゝ)へながら、もう止(よ)しておくれ/\と言(い)つて居(ゐ)る。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)