輾転てんてん)” の例文
旧字:輾轉
彼は、冷たいゆかの上へ、仰向けに倒れて、輾転てんてんともがき廻った。——保土ヶ谷の宿しゅくで聞えた尺八の鈴慕れいぼが耳のなかによみがえってくる。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜具の中で輾転てんてんと悶えたり、呻吟しんぎんしたり、はね起きて、がたがた震えながら歩きまわったり、また幾たびも暗い庭へ出ていったりした。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今昔物語に外術げじゅつとあるものもやはり外法と同じく吒祇尼法らしいから、随分と索隠行怪さくいんこうかいの徒には輾転てんてん伝受されていたのだろうと思われる。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
檻の中へ入れられた子熊は輾転てんてんとして、烈しく悲鳴を立てました。その時ずかずかとせ寄った米友は、大八車のさんを後ろから引っぱって
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うとうとしている間に二三軒横の言問団子の製餅場で明日のもちき初める。しかしそれを気にして床上に輾転てんてんしているのは久野だけである。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
横になりはしたがいつまでも寝つかれないで二時近くまで言葉どおりに輾転てんてん反側しつつ、繰り返し繰り返し倉地の夫婦関係を種々に妄想もうそうしたり
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いくたびも輾転てんてんと床の中で寝返りを打っているけはいでしたが、みずからの明知を信じ、みずからの力量を信ずることの厚い右門は、憎いほどの安らかさを示して
鶴見の動物観は人間を輪廻の一環と見做みなしている。人間の霊が永遠の女性に導かれて昇天するよりも、永遠の輪廻の途を輾転てんてんするのが順当だと思っているのである。
床上その他を輾転てんてんして苦悶したる痕跡及び絞殺のあと顕著なるにもかかわらず、更にこれを縊死と見せかけたるは浅薄なる犯罪隠蔽行為なるが如くにして実は然らず……云々として
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私ひとりのこされ、いっそ石になりたいくらいの羞恥しゅうちの念でいたずらに輾転てんてんしている。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しばらくその上に大の字になって、寝ころぶことができたら、明朝あすは殺されてもかまわない、と私は思った。私は不眠のためにの明けるまで床の中に輾転てんてんしていたことを思い出す。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
荘厳なる儀式をもって、公はみずからこの神意裁判を主宰せられた。ラルフはまず骰子を投じた。輾転てんてんまた輾転、二個の骰子は共に六を示した。合せて十二点。得らるべき最高点である。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
もう口もきかず食事もしなかった。夜にはその泣き声が聞こえた。彼は身を切られるような思いをした。悔恨の情にとらえられて、夜通し眠れないで輾転てんてんしながら、床の中で苦しい声をたてた。
無気味に腫れあがった手首をさすって、惣次郎は幾度か輾転てんてん反側した。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
Bは、白い床の上に輾転てんてんとして煩悶はんもんした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
とはげしく叫んで輾転てんてんした。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
世外の老人の死だから、五年やそこらは何れが真実でも差支は無いが、想うに書写輾転てんてんの間に生じた何れかの誤りなるのみであろう。長徳の方が正しいかも知れぬ。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こう叫んで松尾も寝所から出てゆかせ、独りで輾転てんてんと泣き、喚き、呻吟しんぎんしたということであった。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
翌日はとばりに入ったが、なお輾転てんてんと自責にもだえた。そしてやがて、おもいまぶたをして帳を出ると
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのあぶらぎった肉体を持扱いながら、どたどたと寝物語の寝床の上を輾転てんてんしているに過ぎない。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
然るのち、その屍体の暗示により、前述の如き一般的なる夢遊状態……屍体飜弄に移りたるものなる事を、察するにかたからざるべく……屍体の甚だしく煩悶輾転てんてんせる痕跡、云々と認められしは
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
壁から忍び笑いの声が聞えて来て、深夜、床の中で輾転てんてんしているのです。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こんな独り言を云いながら、輾転てんてん反側、そのうち猛烈に腹が減ってきて、どうにも忍耐ができなくなり、ふと台所で物音がするのを聞くと、矢も盾も堪らずとび込んでいったのである。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わしは、わしを責めて、怖ろしさと苦しみと、二重の悩みに、輾転てんてんもだえた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
背面より絹製の帯締おびじめを以て絞殺され、寝具を蹴散けちらし、畳の上を輾転てんてんして藻掻もがき苦しむなど、甚しき苦悶の跡を残したるまま絶命せるものを、更に階段の処に持行きて手摺てすりより細帯にて吊し下げ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
床の中で輾転てんてんしているのである。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
同じことを繰り返しながら、夜具の中で輾転てんてんと身もだえをし、とつぜん起きて泣いた。二三日は食事もせず、水ばかり飲んでいた。気がたかぶってくると自分で自分を制することができない。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とがった神経が酔わない酒のためにあらぬほうへゆがんでゆく、主馬は努めてそれを鎮めながら、十二時を聞くまで寝床の中で輾転てんてんしていた。それから思い切ったように起きて妻の部屋へはいっていった。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)