“諸(これ)” の例文
〔譯〕英氣は是れ天地精英(せいえい)の氣なり。聖人は之を内に薀(をさ)めて、肯(あへ)て諸(これ)を外に露(あら)はさず。賢者は則ち時時之を露(あら)はす。自餘(じよ)豪傑の士は、全然之を露(あら)はす。
曰く、犂牛(りぎゅう)の子(し)、騂(あか)くして且つ角よくば、用うること勿(な)からんと欲すといえども、山川其れ諸(これ)を舎(す)てんやと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
必ずや諸(これ)を身に本(もと)づけ、諸を政教に見(あら)わし、以て物(もの)を成す可き者は、其(そ)れ惟(ただ)聖人の学乎(か)、聖道を去って而(しこう)して循(したが)わず、而して惟(ただ)蠹(と)にこれ帰す。甚しい哉(かな)惑えるや、と。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
『説苑』七に楊朱(ようしゅ)が梁王に見(まみ)えて、天下を治むる事諸(これ)を掌(たなごころ)に運(めぐ)らすごとくすべしという。
その一節に曰く「吾俗好奇何至此。小草大花殆弟兄。昨日官家俄下令。罪其尤者価太軽。富家失望売諸市。花戸色沮厭品評。」〔吾ガ俗奇ヲ好ムコト何ゾ此ニ至レルカ/小草大花殆ンド弟兄ナリ/昨日官家俄カニ令ヲ下シ/其ノ尤アル者ヲ罪シ価太ダ軽(かろ)シ/富家失望シテ諸(これ)ヲ市ニ売リ/花戸色沮(うしな)ヒテ品評ヲ厭(いと)フ〕云々。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
〔譯〕倫理(りんり)と物理とは同一理なり。我れ倫理の學を學ぶ、宜しく近く諸(これ)を身に取るべし、即ち是れ物理なり。
陽貨(ようか)、孔子を見んと欲す。孔子見(まみ)えず。孔子に豚(いのこ)を帰(おく)る。孔子其の亡きを時として、往きて之を拝す。諸(これ)に塗(みち)に遇う。孔子に謂いて曰く、来れ、予(われ)爾(なんじ)と言わんと。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
潜渓が方生の天台に還(かえ)るを送るの詩の序に記して曰く、晩に天台の方生希直(きちょく)を得たり、其の人となりや凝重(ぎょうちょう)にして物に遷(うつ)らず、穎鋭(えいえい)にして以て諸(これ)を理に燭(しょく)す、間(まま)発(はっ)して文を為(な)す
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
曰く〈ここにおいて忠広荘内に百石を給い(その子)光正を飛騨に幽し餼廩(きりん)百人口を給う、使者本門寺に往き教を伝う、忠広命を聴き侍臣に命じて鹵簿(ろぼ)中の槍を取り、諸(これ)を使者に示して曰く
子疾病(やまいへい)なり。子路祷らんことを請う。子曰く、諸(これ)ありやと。子路対えて曰く、之あり。誄(るい)に曰く、爾を上下の神祇に祷ると。子曰く、丘の祷るや久しと。——述而篇——
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)