老翁ろうおう)” の例文
それに着物もはかまも粗末な、幾たびも水をくぐったような品で、ぜんたいがいかにもみすぼらしく、まるで貧しい農家の老翁ろうおうという感じだった。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
目の下に黒いあざのごときものが現われ、一瞬間前までの闘志満々たる大統領は、たちまちにして気息奄々きそくえんえんたる瀕死の老翁ろうおうと化し去ったのである。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これによってただちに他所よそからの借物であると断言することは、注意深き老翁ろうおうのあえてなさざるところであると思う。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いつも親戚評議というと、重きをなす老翁ろうおうが、一同の沈黙をやぶってこう意見を述べると、その尾にいて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左様な美女をよぼ/\の老翁ろうおうや位の低い平中ごときにまかしておくと云う手はない、すべから乃公だいこうが取って代るべしである、と、ひそかに野心を燃やしていたところへ
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
日にげたる老翁ろうおう鍬を肩にし一枝いっしの桃花を折りて田畝でんぽより帰り、老婆浣衣かんいし終りて柴門さいもんあたりたたずあんにこれを迎ふれば、飢雀きじゃくその間をうかがひ井戸端の乾飯ほしいいついば
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
まだ三十を越したばかりの年齢としであるのに、その頬には六十あまりの老翁ろうおうに見るような皺が寄り、その落ち窪んだ眼には、私の返答を待つ不安の色が漂って居た。
肉腫 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ただ、私の前に席を占めた異様な二人、一人は五十位の色の黒い頬骨の出た、眼のギロリとした一癖ありそうな男、一人はもう七十近いかと思われる白髪の老翁ろうおうだが
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
それで一人の老翁ろうおうを日夜、家の門に立たせて護らせている。この老翁は利巧な老人であった。智識にかけてはこの町の人のれよりもまさって困難な問いを考え、また複雑な謎を解した。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
声が聞こえるのでわきを見るとひとりの白髪の老翁ろうおうが大地にひざまずいている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
喬生のとなりに住む老翁ろうおうが少しく疑いを起こして、壁に小さい穴をあけてそっと覗いていると、べに白粉おしろいを塗った一つの骸骨が喬生と並んで、ともしびの下にむつまじそうにささやいていた。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
かの橋の上には村のもの四五人集まっていて、らんって何事をか語り何事をか笑い、何事をか歌っていた。その中に一人の老翁ろうおうがまざっていて、しきりに若い者の話や歌をまぜッかえしていた。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一人の老いさらぼうた老翁ろうおうが、夕闇の切岸きりぎしの端に腰かけて、遠くの方を見つめたまま、石像の様にじっとしているのだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まだ老翁ろうおうの記憶のさかいまで、その利用は単純を極めており、前代文献の書き伝えたかぎりでは、舟はただいそづたいにぎめぐり、たまたま二つの海角かいかくの間を直航するときだけは
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
嫁親の北条時政は、聟の父にあたる老翁ろうおうと、至極、親しげに何かはなしていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)