むち)” の例文
馬のむちをふるって続け打ちに打ち据えたので、さすがの乱暴者も頭を抱えて逃げ廻って、わずかに自分の家へ帰ることが出来た。
むちげざまに余が方をかえりみていわく大丈夫だ安心したまえ、殺しやしないのだからと、余心中ひそかに驚いて云う
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なわを受けて始めて直くなるのではないか。馬にむちが、弓にけいが必要なように、人にも、その放恣ほうしな性情をめる教学が、どうして必要でなかろうぞ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
むちを揚げて馬を乗り飛ばし、矢声をかけて、弓を引き絞って放つとあやまたず、一の的、二の的、三の的を見事に砕いて、満場の賞讃の声を浴びて馬を返す。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この旗じるしこそは、実は、左文にとっては虔ましい心の誓いであり、人生の戦いにおける背水の陣であり、みずからの怯懦なる魂に対するむちであったのである。
青年の思索のために (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ふまでもなくうまむちぼく頭上づじやうあられの如くちて來た。早速さつそくかねやとはれた其邊そこら舟子ふなこども幾人いくにんうをの如く水底すゐていくゞつて手にれる石といふ石はこと/″\きしひろあげられた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
又一家族を擧げて一驢の脊に托したりと覺しく、眞中には男騎りて、背後なる妻はひぢと頭とを夫の肩にせて眠り、子は父の膝の間にはさまれてむちを手まさぐり居たるあり。
その「箱根へ、箱根へ」と云う叫声に、純一はむちうたれてったに相違ない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
米主が単騎むちを上げ、麒麟山を駈けて下りたのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼はむちをもって戴をさんざんに打ち据えて、遂に無残に打ち殺してしまったので、戴の妻の梁氏りょうしは夫の死骸を営中へき込んで訴えた。通事は人殺しの罪をもって捕えられた。
顔刻がんこくは、御者台からむちをあげて、くずれ落ちた城壁の一角を指しながら、孔子にいった。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
むちうたれ駆られてばかりゐる為めに、その何物かが醒覚せいかくするひまがないやうに感ぜられる。勉強する子供から、勉強する学校生徒、勉強する官吏、勉強する留学生といふのが、皆その役である。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
むちを揚げて弓を引き絞って、切って放した矢は過たず、一の的を打ち砕きました。二の的もまた同じこと、三の的も……瞬く間に打ち砕いて、これも盛んなる賞讃の声を浴びて馬を乗り返しました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むちを必要とする弟子もあれば、手綱たづなを必要とする弟子もある。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
始終何物かにむちうたれ駆られてゐるやうに学問といふことに齷齪あくせくしてゐる。これは自分に或る働きが出来るやうに、自分を為上しあげるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)