くつ)” の例文
しかし、院を背景とする薄暗い底流くつに、いったいどんな怪魚が寄って、何をささやき合っているか、これもまだ表面のものではない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
倫敦、巴里、伯林、紐育、東京は狐兎のくつとなり、世は終に近づく時も、サハラの沃野よくやにふり上ぐる農の鍬は、夕日にきらめくであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
感じがすごくこわいが、非常な力が迫る。真に見ものである。土地の人に尋ねれば、どのくつが大きいかを知ることが出来る。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一寸法師は大通りからなかごうのこまごました裏道へ入って行った。その辺は貧民くつなどがあって、東京にもこんな所があったかと思われる程、複雑な迷路をなしていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
昼過ぎの汽車で宮様が御通過になる由にて、線路添いの貧民くつの窓々は夜まで開けてはならぬ、と云うお達しが来る。干し物も引っこめるべし、汚れものを片づけるべし。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
函館の貧民くつの子供ばかりだった。そういうのは、それだけで一かたまりをなしていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
昌黎しやうれいまこととせず、つまびらか仔細しさいなじれば、韓湘かんしやうたからかにうたつていはく、青山雲水せいざんうんすゐくついへ子夜しや瓊液けいえきそんし、寅晨いんしん降霞かうかくらふ。こと碧玉へきぎよく調てうたんじ、には白珠はくしゆすなる。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そこでそっちへいってみたが、そこは名の示すとおり職人町のごみごみした一画で、ひと口に云うと貧民くつのようなところであり、左馬之助の住居はその裏店うらだなの、ひん曲ったような長屋の端にあった。
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この三人三様の風貌をもった賊の頭目は、折ふし山寨さんさいの一くつで、博奕ばくちか何かに夢中になっていたところから、子分のらせも耳の外に
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山寨の一くつで、宋江が彼を揶揄やゆしたり慰めたりしているうちに、一方では呉用のさしずで、一切の準備は進められていたのである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泥と草で傾いているようなそこらの細民くつの家でも、そこの人間には、ひさしと戸があると思えば、又八は羨ましくてならなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、貧しいものほど濃い骨肉愛だった。そのいたわり合いがあるばかりに、この細民くつは、餓鬼の住みにならなかった。やはり人間のあたたかさを持っている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
荊州九郡の内、残るは麦城の一くつのみ、今やことごとく呉軍でないものはありません。しかも内にかてなく、外に救いなき以上、いかに将軍が節をしても無駄ではありませんか。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)