空洞くうどう)” の例文
差し当たり日常の家庭にできた空洞くうどうは、どこにも捻くれたところのない葉子が一枚加わっただけでも、相当紛らされるはずであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「もしもし終点でございますよ」眼だけが空洞くうどうのようにんやりみひらいている僕の肩をたたいて車掌しゃしょうが気味悪そうに云った。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
地底に円形の空洞くうどうを作り、その円形の周囲と天井とに、巨大なカンバスを張りつめ、空と海との油絵を描かせたのです。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、はちしたは、みかんばこおおきさの空洞くうどうで、つまり、はちしたなにかをかくしておく場所ばしょができているのであつた。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
根の間から生え出たきのこが、病衰した樹木の汁を吸って、それをしだいに空洞くうどうになしていた。黒ありが朽木を砕いていた。
この物語られた世界をのぞいたとき、人は見た——内心の空洞くうどうと生物学的な衰微とを、最後のせとぎわまで、世間の目から隠している、あの優美な自制を。
ただ彼は地下に空洞くうどうの存在を仮定し、その空洞を満たすに「風」をもってしたのは困るようであるが、この「風」を熔岩ようがんと翻訳すれば現在の考えに近くなる。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
またパンの神が夜ごとにやってきて、柳の幹の空洞くうどうの穴を一つ一つ指でふさいで笛を吹かないとは限らない。
俺はその躰術が見たいので、わざと唐木からき空洞くうどうに小判があると言ひ出したんだ——一萬兩の大金が俺の言つた通り唐木に空洞を拵へて隱してあつた事は驚いたよ。
なんじょう右門の慧眼けいがんののがすべき、臭いなと思ってすっくと立ち上がりながら近づいていって、こころみにたたいてみると、果然出っ張った土壁の奥は空洞くうどうらしく
彼の額が月の光で白く浮きあがり、空洞くうどうのようにあいた唇のあいだから、歯があらわに見えた。
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
正面と横とから、柿丘氏の右胸部にある大きい空洞くうどうの体積を、くわしく計算なすったのでしたね。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二通の手紙を出したあとのかれの胸には、大きな空洞くうどうがあいており、その空洞の中を、悔恨かいこんと、嫉妬しっとと、未練と、そしてかすかなほこりとが、代わる代わる風のようにきぬけていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
世才があればこんな混乱期にこそ世の中の随所に空洞くうどうを見つけて縦横に金儲かねまうけの手を打つこともできるわけだが、私のやうなものはハンコ屋にでもなるのが最上の思ひつきだつたのだ。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
読んで意味のわからないはずはなかった。だが意味は読むかたわらに消えて行って、それは心のなかに這入はいって来なかった。今、彼は自分の世界がおそろしく空洞くうどうになっているのに気づいた。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
平衡感覚ヲツカサドル神経ハドコヲ通ッテイルノカ知レナイガ、イツモ後頭部ノトコロ、チョウド脊髄せきずいノ真上ノトコロニ空洞くうどうガ生ジタヨウナ感ジガシ、ソコヲ中心ニ体ガ一方ヘ傾クノデアル。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、その板がふたになっていて、下に大きな箱のような空洞くうどうがあることがわかりました。つまり、クッションの中に、大きな箱がつくりつけてあったのです。
電人M (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まっ黒な大きい空洞くうどうの気が胸にはいってくる。自分の後ろが恐ろしくなってふり返りたくなる。
……今度の大戦で荒らされた地方の森に巣をくっていたからすは、砲撃がやんで数日たたないうちにもう帰って来て、枝も何も弾丸の雨に吹き飛ばされて坊主になった木の空洞くうどう
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
中は空洞くうどうであった。つまりこの金環は、黄金のくだを丸く曲げて環にしてあるものだった。
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は自分の胸が空洞くうどうになり、そこをこがらしが吹きぬけるような、云いようのないかなしさに浸された。云いようのないかなしさ。いまでもそう云うほかに表現する言葉がみつからないのである。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
屋根や垣がさっと転覆した勢をそのままとどめ、黒々とつづいているし、コンクリートの空洞くうどう赤錆あかさびの鉄筋がところどころ入乱れている。横川駅はわずかに乗り降りのホームを残しているだけであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
残念ざんねんながら、その空洞くうどうは、文字通もじどおりの空洞くうどうなにもない。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
あつかつた人だけに、材木の中へ隱したんぢやあるまいかと思ひますが、どうでせう。例へば材木の空洞くうどうに入れるとか——一萬兩といふ重さは四十貫目もありますが、千兩箱十の中味ですから、たいした量ぢやありません
私は顔の筋肉がこわばった様になって、無論挨拶あいさつなんか出来なかった。先方でも、空洞くうどうの様なまなざしで、あらぬほうを見つめていて、私の方など見向きもしなかった。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
時代のついた厚顔さをそなえ、時には標石でめぐらされた、のろまな巨大な石の空洞くうどうであった。
婦人の堕胎だたいをはかったり、結核患者の病巣びょうそうにある空洞くうどうを、音響振動を使って、見事に破壊し、結核病を再発させるばかりか、その一命をとうという恐ろしいくわだてをした人なんです。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞くうどうができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやらつぼらしいものの形が展開されて行くのである。
空想日録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その光で目測してみますと、そこは二十メートル四ほうもあるような、天井の高い、広い空洞くうどうです。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
夫人を堕胎だたいさせることばかりに注意力を向け、おのれの空洞くうどうが激しい振動をおこして、結締織けったいしきを破壊させ、自分の生命を断ってしまうなどということを一向に注意してやらなかったのです。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
目には見えないがそれと知らるる増水、波の悲壮なささやき、橋弧の気味悪い大きさ、頭に浮かんでくるその陰惨な空洞くうどう中への墜落、すべてそれらの暗影は人を慄然りつぜんたらしむるものに満たされていた。