沈吟ちんぎん)” の例文
大井は海老茶色の幕へ手をかけたまま、ふらつく足を踏みしめて、しばらく沈吟ちんぎんしていたが、やがて俊助の鼻の先へ酒臭い顔を持って来ると
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
道也先生はしばらく沈吟ちんぎんしていたが、やがて、机の前を立ちながら「そんな事はないよ。そんな馬鹿な事はないよ。徳川政府の時代じゃあるまいし」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この名を墓標に勒するは故人の本意でないかも知れぬので、三山は筆を持って暫らく沈吟ちんぎんしたが、シカモこの名は日本の文学史に永久に朽ちざる輝きである。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
七尺の偉丈夫も、魂を掻きむしられ、沈吟ちんぎん、去りもやらず、鏡の中に映る彼女のほうをぬすみ見していた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
江守銀二はそう言って、ライス・カレーの詩でも作りそうに、ななめに天を仰いで沈吟ちんぎんしました。
きょうで三日も沈吟ちんぎんをつづけ、書いてはしばらくして破り、また書いてはしばらくして破り、日本は今、紙類に不足している時ではあるし、こんなに破っては、もったいないと自分でも
作家の像 (新字新仮名) / 太宰治(著)
奴の材幹を持ってして、これは何うしたことだろうと沈吟ちんぎんさせられる。時に例外がある。このボンクラがと思っているのが素晴らしい細君に恵まれている。好妻拙夫こうさいせっぷという諺がうなずける。
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ホーベスはふたたび、戸だなのなかに禁錮きんこされた。モコウは昼すぎに二、三品、食物を運んでやったが、かれはほとんど一口もふれず、ただ頭をたれてなにごとか深く沈吟ちんぎん思考している。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
老婦人はしばし沈吟ちんぎんして、「し、すぐに引摺ひきずって来い、連れて帰る。」「いえ、森に居る鳥は、かごの中に居るように手軽くはおさえられませぬ。少し手間が取れますがお待ち遊ばしますか。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わがしばらく立ちて沈吟ちんぎんせしは
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
宗近君は机の上にあるレオパルジを無意味に取って、背皮せがわたてに、勾配こうばいのついたけやきの角でとんとんと軽くたたきながら、少し沈吟ちんぎんていであったが、やがて
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平中はやつれた頬の上に、涙の痕を光らせながら、今更のやうに思ひ惑つた。しかし少時しばらく沈吟ちんぎんした後、急に眼を輝かせると、今度はかう心の中に一生懸命の叫声を挙げた。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
冀州城内の獄中に監せられていた田豊は、官渡の大敗を聞いて沈吟ちんぎん、食もとらなかった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人は瞑目めいもく沈吟ちんぎんして、腕車はいずこを走るやらんしばらくはうつつなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
再び万年筆を執って、沈吟ちんぎんしているところへ、妻が上って来た。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ところが先生はしばらく沈吟ちんぎんしたあとで、「どうも君の顔には見覚みおぼえがありませんね。人違いじゃないですか」
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
粟野さんは保吉の教科書を前に、火の消えたパイプをくわえたまま、いつもちょっと沈吟ちんぎんした。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そういって、孫権がふたたび沈吟ちんぎんすると、張昭そのほかの重臣は皆、口を揃えて
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうしてその鋭いうちに、懐旧かいきゅうと云うのか、沈吟ちんぎんと云うのか、何だか、人を引きつけるなつかしみがあった。この黒いあなの中で、人気ひとけはこの坑夫だけで、この坑夫は今や眼だけである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自然の下には、武蔵も、じっと沈吟ちんぎんしているしかない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帰って見ると主人は書斎のうちで何か沈吟ちんぎんていで筆をっている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なにか娘のことについて、沈吟ちんぎんしているようだった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
脇息きょうそくに倚って、しばらく、沈吟ちんぎんはしていたが——。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は沈吟ちんぎんして考えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いいつけるとそのまま、独り沈吟ちんぎんしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)