汚點しみ)” の例文
新字:汚点
黒絹くろぎぬ上衣うはぎは壁に掛けてあつた。泥の汚點しみは綺麗に落されてゐる、濡れて出來た皺も延ばしてある、すつかりきちんとしてゐたのだ。
院長は汚點しみだらけの上つりを着て、口の聞きやうからが、いら/\した、物に構はないやうな、氣の置けない醫者であつた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「それに、正面からあれだけの事をやつて、返り血を浴びない筈はない、——お濱の着物は殘らず見たが、汚點しみ一つないよ」
横手の壁に汚點しみのやうな長方形の薄い夕日がぼうと射してゐたが、何時の間にかそれも失くなつて、外は薄暗の力が端から端へと物を消していつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
三年ち、五年と暮れる中には、太鼓樓から雨が漏つて、ギラ/\光る白い紙で貼つた天井には墨繪の山水か、化物の影法師のやうな汚點しみにじみ出す。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
一々でもりたいほどに氣遣きづかはれる母心はゝごゝろが、いまはしい汚點しみ回想くわいさうによつて、そのくちはれてしまふのである。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
無造作に死體を被つた白衣の上には小さな黒い汚點しみのやうに蠅が三四匹とまつてゐた。枕許には型の如く小さなカードが置いてあつた。彼れは夫れを取上げて讀んだ。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
汚點しみだらけな壁も、古風な小形の窓も、年代のせゐゆがんだ皮椅子も皆一種人生の倦怠を表はして居る職員室に這入ると、向つて凹字形に都合四脚の卓子テーブルが置かれてある。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
煙りでうす暗くなつてゐるその中で、僕は僕のテイブルを煙草の灰や酒の汚點しみできたなくする。
不器用な天使 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
ズボンには夥しい蝋の汚點しみが附着してゐたほか何やら黒い奇妙な汚點が嚴密な檢査に遭つた以外に血痕はどこにもなかつた。が他の衣類は彼に不利な恐るべき證據を提供した。
無法な火葬 (旧字旧仮名) / 小泉八雲(著)
相當に古い・既に形の崩れた・所々に汚點しみの付いた・おまけに厭な匂のする・何の變哲も無いヘルメット帽である。しかし、私にはそれがアラディンのランプの如くに靈妙不可思議なものと思はれた。
時間が、その手紙を、感情の汚點しみで古くしてしまふ。
白紙 (旧字旧仮名) / 立原道造(著)
「あの人は物の汚點しみ家守やもり見たいな人で、何處に居るかわかりやしません。鐵砲は撃てさうもないが、下手人の姿くらゐは見て居るでせうよ」
ねえ、汚點しみよごれもない追憶といふものは素晴すばらしい寶玉ですね——んでも盡きない清らかな元氣囘復のみなもとですね。さうぢやありませんか。
不幸ふかう彼女かのぢよぬぐふことの出來できない汚點しみをその生涯しやうがいにとゞめた。さうしてその汚點しみたいするくゐは、彼女かのぢよこれまでを、さうしてまた此先このさきをも、かくて彼女かのぢよの一しやうをいろ/\につゞつてくであらう。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
インキの汚點しみのついた机掛の上にちらばつた本だの……
続プルウスト雑記 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
それに此守袋の遺書は近頃書いたもので、一年半も十二三の丈夫な子供の守袋に入つて居たものではない。あぶらの匂ひも汗の汚點しみもないのが何よりの證據だ。
白い顏と、兩腕が暗闇くらやみ汚點しみのやうで、一さいが靜まり返つてゐる中で、恐怖の眼を光り動かして、私を凝視ぎようししてゐる、不思議な子供の姿が、本當の幽靈のやうに見えた。
手袋の上のペンキの汚點しみがある。
プルウスト雑記:神西清に (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
汚點しみのやうな男——和助は長身を起しました。青い顏に血が上つて、この影のやうな男にも、若い情熱のあることを、平次は不思議な心持で見て居ります。
傍に介抱してゐるのは、一とつかみほどしかない四十二三の汚點しみだらけな女、恐らく長い間の病氣が、この女から若さと健康と、夫の愛とを奪ひ去つたのでせう。
「へツ、鬼臍おにへそは氣に入りませんかね、それぢや、あの汚點しみだらけの蟲つ喰ひのお内儀さんを助けるとして」
千兩箱を三つ積んであつたといふ床の間の汚點しみを見ると、平次は思はず聲を出しました。側には小さい小坊主が一人、何やら口吟くちずさみながら雜用をして居ります。
「三十がらみの青瓢箪あをべうたん野郎で、大きな聲で物も言へない、物の汚點しみか、影のやうな野郎ですよ、——その和助が言ふんだ、お舟さんは昨夜一と足も外へ出ねえ——と」
この汚點しみのやうな男に、こんな情熱があらうとは、一緒に暮してゐるお舟も全く氣が付かなかつたのでせう。思ひもよらぬ生命の點ぜられた男の顏を見詰めるばかりです。
庫裡くりの八疊の床の間には、濡れた千兩箱を三つ置いて、少し汚點しみになつた跡が今でも判りますが、押入にも、納戸にも、床下にも、天井裏にも、須彌壇しゆみだんの下にも、位牌堂ゐはいだうにも、へつゝひの下にも
何處か致命的な病氣を持つて居るらしく、青白い汚點しみだらけの皮膚、細い手足、險しい頬など、見るから痛々しい老人ですが、その首筋左の方から一とゑぐり、頸動脈けいどうみやくを切つて、見事な手際です。
番頭の市助は四十五六の物の汚點しみのやうな男でした。