楷書かいしょ)” の例文
「こりゃ読めん。石碑いしぶみの表に、何やら細々と彫ってあるが、全文、神代文字らしい。なに、裏には、ただの楷書かいしょがあると。どれどれ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
榛軒は抽斎より一つの年上で、二人のまじわりすこぶる親しかった。楷書かいしょに片仮名をぜた榛軒の尺牘せきどくには、宛名あてなが抽斎賢弟としてあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どうも、楷書かいしょを本格に手に入れてからでなければ、書道を語ることはできない。出直せ、出直せ。それを痛切に主膳が考えておりました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは立派な紙に楷書かいしょしたためられたいかめしいものには違なかったが、中には『東鑑あずまかがみ』などが例に引いてあるだけで、何の実用にも立たなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこの角から赤髪あかげ子供こどもがひとり、こっちをのぞいてわらっています。おい、大将たいしょう証書しょうしょはちゃんとしまったかい。筆記帳ひっきちょうには組と名前を楷書かいしょで書いてしまったの。
イーハトーボ農学校の春 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それより後よりより余も注意して字引をしらべ見るに余らの書ける楷書かいしょは大半誤れる事を知りたれば左に一つ二つ誤りやすき字を記して世の誤を同じくする人に示す。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と両手で控帳の端を取って、斜めに見せると、楷書かいしょ細字さいじしたためたのが、輝くごとく、もそりと出した源助の顔にッと照って見えたのは、朱で濃く、一面の文字もんじである。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唯草稿を丁寧に清書して教を乞ふ事礼儀の第一と心得べし。小説のことなればことごと楷書かいしょにて書くにも及ばじ、草行そうぎょうの書体をまじふるも苦しからねど好加減いいかげんくずかたは以てのほかなり。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
田中中尉は机の上へ罫紙けいしを何枚もじたのを出した。保吉は「はあ」と答えたぎり、茫然と罫紙へ目を落した。罫紙には叙任じょにんの年月ばかり細かい楷書かいしょを並べている。これはただの履歴書ではない。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
書家の説にいわく、楷書かいしょは字の骨にして草書は肉なり、まず骨を作りて後に肉を附くるを順序とす、習字は真より草に入るべしとて、かの小学校の掛図などに楷書を用いたるも、この趣意ならん。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その脇には別行で「音声経済」と、これは楷書かいしょで入れてある。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
古い詩歌がたくさん書かれてある。草書そうしょもある、楷書かいしょもある。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
題辞の書体はもとより一様でない。あるものはひまに任せて叮嚀ていねい楷書かいしょを用い、あるものは心急ぎてか口惜くやまぎれかがりがりと壁をいてなぐきに彫りつけてある。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
褚遂良ちょすいりょう楷書かいしょの手本と、大師流の拓本たくほんが載っている。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の頭の中には職業の二字が大きな楷書かいしょで焼き付けられていた。それを押し退けると、物質的供給の杜絶とぜつがしきりにおどり狂った。それが影を隠すと、三千代の未来がすさまじく荒れた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其所そこにあなたの作物には、他に発見する事の出来ないデリケートな美くしさが伏在しているのでしょう。もう一つ比喩を改めて云えば、あなたの文章は楷書かいしょでなくってことごとく草書です。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
温い水を背に押し分けて去るあとは、一筋のうねりを見せて、去年のあしを風なきになぶる。甲野さんの日記には鳥入とりいって雲無迹くもにあとなく魚行うおゆいて水有紋みずにもんありと云う一聯が律にも絶句にもならず、そのまま楷書かいしょでかいてある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中には至極しごく簡略で尺たらずのもある。慈雲童子と楷書かいしょで彫ってある。小供だから小さいわけだ。このほか石塔も沢山ある、戒名も飽きるほど彫りつけてあるが、申し合わせたように古いのばかりである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
表紙には人格論と楷書かいしょでかいてある。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)