慰撫いぶ)” の例文
七十郎らを罰すべし、という空気は圧倒的で、それは兵部宗勝の思う壺であったが、甲斐だけはそれを慰撫いぶし、押えることに努めた。
彼の慰撫いぶはねんごろであった。その温情に遭うとまた、二人の客臣はよけいに涙にくれた。半兵衛はそのていを見ているに忍びなかった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は彼でそれを利用するよりほかに仕方がなかった。彼はすぐ「慰撫いぶ」の二字を思い出した。「慰撫に限る。女は慰撫さえすればどうにかなる」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
妙齢みょうれいの婦女子の懺悔ざんげを聴き病気見舞と称する慰撫いぶをこころみて、心中ひそかに怪しげなる情念に酔いしれるのを喜んだ。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
数か月にわたる議論と懇願こんがんと、叱責しっせき慰撫いぶとが続いた後、父親もとうとうわが子の熱心に動かされずにはいなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
この間に立って調停する楫取役かじとりやくを勤めたのは池辺三山であって、三山は力を尽して二葉亭を百方慰撫いぶするに努めた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
眼つきや身振りや清朗な魂の無音の接触によって、自分のまわりに慰撫いぶ的な空気を光被してる人たちが世にはある。クリストフは生命の気を光被していた。
故障続出して、心痛常に絶ゆることなかりし、かかる有様ありさまなれば残余の人夫に対しては、あるいは呵責かせきし、あるいは慰撫いぶし、したがって勢い賃金を増すにあらざれば
だが、ナポレオンはヨーロッパの平和克復の使命をたてにとって応じなかった。デクレスは最後に席をって立ち上ると、慰撫いぶする傍のネー将軍に向って云った。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
林田もさすがにはつきりした事はいいかねて、何やら口の中でしきりに云いながらさだ子を慰撫いぶしていた。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
それにつけても葉子の慰撫いぶをことさらにあこがれていたらしい様子は、そんな事については一言ひとこともいわないが、岡の顔にははっきりと描かれているようだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
フランスでもいやされない恋の痛手を、慰撫いぶしてくれる女を、東海姫氏国とうかいきしこくに探ねて来たのだと噂された。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
昨日まで朋輩ほうばい呼ばわりをしていたような諸卿の慰撫いぶが、激昂げっこうした彼らの耳にはいろうわけは無かった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
貞之助は、却って自分が妻を慰撫いぶする側に立たされたせいもあって、そんな風に云うのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、彼は心を慰撫いぶするやうな草原の靜寂を求めて、草原を散歩する樣子もなかつた——草原が與へる無限の平和な歡喜を求めたり、味はつたりすることもなかつた。
おおいに事の捗取ちょくしゅとなるべけれども、この事ほとんどあるべしとも思われず、一時人心を慰撫いぶせんがために与えたまえるがごときは、他日また奪回したまうことあるべければ
同時に、一方この時代の少年を慰撫いぶする芸術をも必要なりとするのである。
子供は虐待に黙従す (新字新仮名) / 小川未明(著)
世間への体裁ていさいからばかりでなく、実際に、六十の坂を越してから、なお、働き続けねばならない自分の親を、彼は心の底から気の毒に思って、出来るだけの慰撫いぶを心掛けているのであったが
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
と窪田は慰撫いぶ的に言った。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
だからそれ以後、尊氏の胸をおびた者が、どんな慰撫いぶをこもごも持って行っても「なにが和談だ!」と、あたまから受けつけもしないのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
変であって見ればどうかしなければならん。どうするったって仕方がない、やはり医者の薬でも飲んで肝癪かんしゃくみなもと賄賂わいろでも使って慰撫いぶするよりほかに道はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜の蒼白あおじろいぼんやりした明るみの中に、もみの重い黒い枝が幽鬼のように揺らめくのが、窓の前に見えていた。そしてアントアネットの笑い声は、彼にとっては一つの慰撫いぶであった。
わけて十兵衛光秀は、慰撫いぶの使いとして、これへ参り、おれには美言を以てなぐさめていたが、君前へもどったら、どう復命しておるやら知れぬ。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
畢竟ひっきょう女は慰撫いぶしやすいものである」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでも、一夏から秋までは、各村の庄屋や年寄の慰撫いぶで、渋々ながら、課せられた人員は仕事に出た。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
慰撫いぶに努めておりますが、願わくば我君よりも、一度おことばを下し置かれれば、彼等父子も一層誠忠をふるって、ご西下の日をお待ちするであろうと存ぜられますが
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう幾日かの辛抱しんぼうだ。ここでこの城を捨てては一年の籠城も諸士の働きもまったくの水泡に帰してしまう。——たのむ、といわぬばかりに、三老臣は、慰撫いぶつとめた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その不平を慰撫いぶし、その欲するものを与え、その誇るものを煽賞せんしょうし、一時、虫をこらえて、礼を厚うしてお迎えあらば、彼らはかならず来って丞相の麾下きかに合流しましょう。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
加うるに、その一族や部将は、ひとたび村重が信長の慰撫いぶに従って旗をこうとしたのを
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
結局、知事は、武松をふたたび召し入れて、慰撫いぶつとめた。もちろん、武松は不平である。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よろしく慰撫いぶの沙汰を降し給うて、彼らの罪をゆるされ、彼らの不平をして、逆に世のための意義ある仕事に役立たしめるよう、ここに皇徳の無辺をお示しあらば、元来が単純一片の草莽そうもう
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おそらく、彼はなお、都へやった長文の自己弁解の上申が、忠平父子にとりあげられて——やがて朝廷から慰撫いぶの使いでも来るものと、ひそかにそんな期待でもしていたのではあるまいか。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「では、安土から慰撫いぶの使者が参れば、伊丹城は、事なくしずまろうか」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが秀吉としても、精いっぱいの慰撫いぶであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、どっちつかずに、双方を慰撫いぶした。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)