ぞっ)” の例文
さすが豪胆のルパンも全身冷水を浴びた様にぞっとした。この物凄い、無気味な墓場の底から出て来る悲鳴は、果して何んだろうか?
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
私はぞっと悪寒を感じるのだ、私に忍術の心得があったら、こんな場合、ドロンといって消滅してしまうところなのだが、松之助でないから駄目だ。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そうしてまたぞっとしたのです。私もKの歩いたみちを、Kと同じように辿たどっているのだという予覚よかくが、折々風のように私の胸を横過よこぎり始めたからです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
所が、その椅子にかけて、緩く廻って居りますうちに、いきなり私の身体がぞっと凍り付いて、頭の頂辺てっぺんにまで、動悸がガンガンと鳴り響いて参りました
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「あの木は村の鬼門にうわっている木で昔からある木でげす……。」と按摩は言った。私は何んだかぞっとして
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
爪先へひやりとあたり、総身に針を刺されたようにぞっと寒気を覚えたのを、と見ると一ちょう剃刀かみそりであった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山の新雪! 下界では未だ霜が結んだという噂も聞かないのに、天上の高寒に、早くも洗礼を受けて、甦ったように新しくなった山を見ると、水を浴びせられたようにぞっとなる。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
くわしい事情は存じませんですが……お部屋は血でいっぱい、寝台から這いだした夫人が、ドアノッブを掴んだまま血みどろになって、さんばら髪で死んでいたその凄さ、——今思い出してもぞっと……
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と口ではいえどぞっと身の毛がよだつ程恐ろしく思いましたは、八年ぜん門番の勘藏が死際いまわに、我が身の上の物語を聞けば、己は深見新左衞門の次男にて、深見家改易のまえに妾が這入り、間もなく
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
へへへへと笑いながら、枯れた手を延ばすかと思うと膝頭の火鉢の抽出ひきだしを引き出した。私はぞっとして身に寒気を感じた。お延び上って、暗いランプの光りで抽出しを見詰みつめた。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
敷居の上へななめに拡げて、またその衣兜へ手を入れたが、冷たかったか、ぞっとしたよう。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし俯伏うつぶしになっている彼の顔を、こうして下からのぞき込んだ時、私はすぐその手を放してしまいました。ぞっとしたばかりではないのです。彼の頭が非常に重たく感ぜられたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
水を浴びたようにぞっとなる、霧がたためく間に灰色をして、岩壁を封じてしまう、その底から嘉代吉のなたが晃々と閃めいて、斜めに涎掛よだれかけのように張りわたした雪田は、サクサクと削られる
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
其の皿を毀したものゝ指を切るなんぞとは聞いてもぞっとするようだ、何うして/\、人の指を切ると云うような其様な非道の心では、平常ふだん矢張やっぱひどかろう、其様な処へ奉公がさせられますものか
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その時、その刹那せつな、その顔を一目見たばかりで自分は思わずぞっとした。これはただ保養に寝ていた人ではない。全くの病人である。しかも自分だけで起居たちいのできないような重体の病人である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は三沢の話をここまで聞いてぞっとした。何の必要があって、彼はおのれの肉体をそう残酷に取扱ったのだろう。己れは自業自得としても、「あの女」の弱い身体からだをなんでそう無益むやくに苦めたものだろう。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)