差翳さしかざ)” の例文
覚悟したれば身をかわして、案のごとくかかとをあげたる、彼が足蹴あしげをばそらしてやりたり。蒲団持ちながら座を立ちたれば、こぶしたて差翳さしかざして。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
静にしたりし貫一は忽ち起きて鞄を開き、先づかの文をいだし、焠児マッチさぐりて、封のままなるそのはしに火を移しつつ、火鉢ひばちの上に差翳さしかざせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
父は田崎が揃えて出す足駄あしだをはき、車夫喜助の差翳さしかざ唐傘からかさを取り、勝手口の外、井戸端のそばなる雞小屋とりごや巡見じゅんけんにと出掛ける。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
二人の間に置いてある火鉢ひばちの上へ白堊チョークの粉のついた手を差翳さしかざした。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
いうもおそし、一同はわれ遅れじと梯子段をけ下りて店先まで走り出ると、差翳さしかざ半開はんびらきの扇子せんすに夕日をよけつつしずかに船宿の店障子へと歩み寄る一人のさむらい
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
提灯を差翳さしかざして、ぐるりと杉を一周せしに、果せるかな、あたかも弾丸の雨注せし戦場の樹立こだちの如き、釘を抜取りし傷痕ありて、地上より三四尺、婦人の手の届かんあたりまでは
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不用意にして採集して来たことに思い及ぶと同時に、名は知るまいといって誇ったのを、にわかに恥じて、差翳さしかざした高慢な虫眼鏡を引込めながら、行儀悪くほとんど匍匐はらばいになって
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
意氣な身體付からだつきではなかつたが、小肥りの、いかにも顏色のいゝ、暖かさうな女で、然し指環を澤山はめた手先は、夕闇の長火鉢の上に差翳さしかざされる度々たび/\、いかにも白くしなやかに見えた。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
海野はことさらに感謝状を押戴おしいただき、書面を見る事久しかりしが、やがてさらさらと繰広げて、両手に高く差翳さしかざしつ。声を殺し、なりを静め、片唾かたずを飲みてむらがりたる、多数の軍夫に掲げ示して
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
海野はことさらに感謝状を押戴おしいただき、書面を見る事久しかりしが、やがてさらさらと繰広げて、両手に高く差翳さしかざしつ。声を殺し、なりを静め、片唾かたずを飲みてむらがりたる、多数の軍夫に掲げ示して
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あとはどう来たか、こわい姿、すごい者の路をさえぎってあらわるるたびに、娘は私を背後うしろかばうて、その鎌を差翳さしかざし、すっくと立つと、よろうた姫神ひめがみのように頼母たのもしいにつけ、雲の消えるように路が開けてずんずんと。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勢い諸手高く差翳さしかざして、えい! と中心へ投込まねばならぬとなった。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手拭てぬぐい持つ手に差翳さしかざした、三十みそぢばかりの女房で。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)