寝呆ねぼ)” の例文
旧字:寢呆
私は寝呆ねぼけたように、その真ん中に坐ると、急に怒ったように、そこいらに散らばっていた花札を一つずつふすまの方へ投げつけ出した。……
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
見知らぬ異国へでも、彷徨さまよい込んだような気持がして、寝呆ねぼまなこでぼんやりと、ほのおみつめているうちに、ハッとして私は跳ね起きました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
幸い傷は浅かったので、用意の焼酎しょうちゅうで洗って、さらしでグルグル巻くと、寝呆ねぼけたお駒を叩き起して、町内の外科を呼ばせました。
その音に寝呆ねぼけて呼びもしない父が、「え?」と返事をして寝返りをうつ、うつろな声。——あわれな父とそしてあわれな娘。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と呶鳴って、いきなり寝床から跳ね上がり、眼ざめて、なだめても、まだ寝呆ねぼけて、何かたかぶり続けるようなことがままあった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丁度ちょうど宿直だった私は、寝呆ねぼまなこで朝の一番電車を見送って、やれやれと思いながら、先輩であり同時に同僚である吉村君と
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そのためだろうか、街角の医者の家を叩くと、俥夫しゃふ寝呆ねぼけて私がいまだかつて、聞いた事がないほどな丁寧ていねいな物言いで、いんぎんに小腰を曲めた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
だがその自動車くるまは、似ても似つかぬ箱型セダンだった。客席には新婚らしい若い男女が、寝呆ねぼけ顔をして収まっていた。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
小僧たちが部屋の掃除をしたり、椅子をならべたりしているだけで、中には寝呆ねぼまなこをして、焼きたてのケーキを盆にのせて運び出している者もあった。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
この年になるまで寝呆ねぼけた事なんか只の一度も御座んせん。寝言一つ他に聞かれた事がえんで……不思議といったってコンナ不思議な事は御座んせん。
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
寝呆ねぼがおの正三が露次の方から、内側の扉を開けると、表には若い女が二人佇んでいる。監視当番の女工員であった。「今晩は」と一人が正三の方へ声をかける。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「もう、すぐですか。」私は、わざと寝呆ねぼけたような声で尋ねた。ボオイは、ちらりと腕時計を見て
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
寝呆ねぼけまなこをこすりながら、顔中を口にして、ううんと大欠伸おおあくびをした拍子ひょうしに、またもやドカーン。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「おや、お庄ちゃん来たの。」というような調子で、細い寝呆ねぼたような目尻に小皺こじわを寄せた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
湖面は一所ひとところ銀のように光り、一所風に波立っていた。永い永い冬眠から、呼び覚まされた湖水の水は、しかしまだ何んとなく寝呆ねぼけていた。眠気にドンヨリと膨らんでいた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「おめえ、それあ本気で云うのか、まだ寝呆ねぼけてるんじゃあねえのか」
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「どじめ。寝呆ねぼけたような返辞をして何処をまごついていたのだ。われ一名が見えぬため、皆で心配していたところじゃねえか」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尾久の手合は口惜くやしがって、何を小台の寝呆ねぼけ野郎——という騒ぎで、こいつはいつまで噛み合せてもらちはあきませんよ。
「つまり君はアンマリ考え過ぎているんだよ。犯人の目星はモウ付いているんだからね。寝呆ねぼけた小娘の眼で見た事なんか相手にせんでモット常識的に考えんとイカン」
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は部屋の勘定を間違えたのだと思って、すぐ廊下を引き返した。が、ひとつ手前の部屋に来て見るとそれは NO.3 になっていた。おれは何と寝呆ねぼけているのだろう。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
もうお正月か、と寝呆ねぼけ、下の男の子は、坊の独楽こまはきょう買ってくれるかと言う。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
寝呆ねぼけていたんじゃねえよ。へん、この世智辛せちがらい世の中に誰が寝呆けていられますかというんだ。信用しなきゃいいよ。とにかくおれは、ちゃんとこの二つの眼で鞄の化物を見たんだから……」
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「何を寝呆ねぼけているのだ」
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「おふざけでない、このこけ猿め。いったい、どこに旦那がいるッてえのさ。水を浴びせるよ、寝呆ねぼけたことを言い散らすと」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たしかに笑って、すっと消えた。僕は起きてカアテンをはねのけて見たが、何も無い。へんてこな気持だった。寝呆ねぼけたのかしら。いくらマア坊が滅茶めちゃな女だって、まさか、こんな時間に。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すくなくとも私は、小さい時からよく寝呆ねぼける癖があったので、今でも妹によく笑われる位だから、私の何代か前の先祖の誰かにソンナ病癖びょうへきがあって、それが私の神経組織の中に遺伝していないとは
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ふすまの中からそんな声がした。——山岡屋が開けてみると、丹前たんぜんを被って、腹這はらばいになっている男が寝呆ねぼけ眼をあげ
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝呆ねぼけていやがる。僕は、そんな名前じゃないよ。」
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「もうすぐに、午砲ドンじゃないか。そんな寝呆ねぼけた頭で外へ出ると、すぐに、御用になるよ」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「書留ですか?」私は、少し寝呆ねぼけていた。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ううむ……と寝呆ねぼけ声を出して、何か、云いかける口を、叱っ、と抑えて
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ありがとう。」僕は寝呆ねぼけ声で言った。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
突然、ふた声ばかり、寝言ねごとで人を斬るような気合を発したので、若者部屋の者が皆、がばと、総立ちに刎ね起きて、後で、老人が寝呆ねぼけた事と分ってから、夜半よなかに大笑いしたことなどもあった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)