嫌忌けんき)” の例文
その上前に述べたとおり、あらゆる種類の嫌忌けんきすべき伝説のために、その巨大な下水道は恐ろしいことどもでおおわれていた。
また多くの科学者の中には芸術に対して冷淡であるか、あるいはむしろ嫌忌けんきの念をいだいているかのように見える人もある。
科学者と芸術家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今幕府への嫌忌けんきと見えて杉蔵らが獄さえ免ぜず、遊学生も容易には出さず、ながら事機を失う、残念なり。せめては中策にてもだせかし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しかも打ちながら、自分は人並にこの鐘を撞木でたたくべき権能けんのうがないのを知っていた。それを人並に鳴らして見る猿のごときおのれを深く嫌忌けんきした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
姦淫かんいんを興味の中心とするような芸術作家の軽佻けいちょうさを、憎みきらっていた。姦淫は彼に嫌忌けんきの情を起こさせるのだった。
ともに嫌忌けんきせずして勝手に唱えしめ、ただ一身の自家宗教を信ぜずして、これを放却ほうきゃくするの外に方略あるべからず。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
かれはそこをさらにぎんみして、障害を突破しよう、あるいは解消させようと試みたが、しかも嫌忌けんきのおののきを感じながら、攻撃を中止してしまった。
と、ふだんは持つ、あのいやな性質に対する嫌忌けんきも忘れて、その久しく訪れて来ないことをさびしく思う。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
われ等の最も嫌忌けんきするのは、そこに何等の批判も考慮もなしに、ただ外面のみを扮装した、似而非えぜひ人物の似而非えぜひ言論を鵜呑みにせんとする、軽信けいしん家の態度である。
もう一つ美作の特徴として、げなければならない一事がある。徹底したる佐幕思想——ということがそれである。したがって美作は同じ程度に、勤王思想を嫌忌けんきした。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
詩を思う人の心は、常に現在ザインしないものへ向って、熱情のかわいた手を伸ばしている。そして実に多くの詩人は、彼自身の存在に鬱屈うっくつしており、自己に対して憎悪ぞうお嫌忌けんきとを感じているのだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
あらゆる毛孔けあなが一時に息を吐いたやうだつた。明子はその秘密に気取けどられるのを嫌忌けんきするかの様にすばやく身をひるがえして自動車のステップを踏んだ。女は熱く湿つた呼吸をボアの羽根毛に埋め込んだ。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
あれほどの名刀がそんなにも嫌忌けんきされたか、この話の中心ともなるべきものでございますから、簡単にその理由を説明しておきますが、いくつか説のあるうちで、今に最もよく喧伝けんでんされているものは
しかし十九世紀の道徳観念の前に立たする時、彼はいかにも嫌忌けんきすべきものらしく思われ、また実際嫌忌すべきものである。
そして彼は嫌忌けんきの念をもってみずから尋ねた、だが多くの者のうちにある汚さんとするこの欲求は——自分や他人のうちの純潔なものを汚さんとするこの欲求は
それだから蓄音機は潔癖な音楽家から軽視されあるいは嫌忌けんきされるのもやむを得ない事かもしれない。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
宗助そうすけひとのするごとくにかねつた。しかもちながら、自分じぶん人並ひとなみこのかね撞木しゆもくたゝくべき權能けんのうがないのをつてゐた。それを人並ひとなみらしてさるごとおのれをふか嫌忌けんきした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かれはすぐに——そしてことにもっと若い頃にはそうだったが——不安と嫌忌けんきをおぼえて、日常生活のけだかい艱難かんなんへ、神聖で冷静な奉仕へもどりたくてたまらなくなるのだった。
文明の風に多妻多男を嫌忌けんきして、そのこれを嫌忌するの成跡せいせきは甚だ美にして、今日の人の家を成し国を立つるに最も適当し、これに反するものは必ず害をこうむりて免るべからざること
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それ以来彼は、嫌忌けんきすべく教えられた偉業について、のろうべく教えられた偉人らについて、天意的にしてまた人間的なる犯すべからざる意義を明らかに見た。
何かしら人間の進化の道程をさかのぼった遠い祖先の時代の「記憶」のようなものがこの理由不明の畏怖嫌忌けんきと結びついているのではないかという疑いが起こし得られる。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
涙を流し、身を震わし、嫌悪けんおの念にむせびあげていた。彼女を、彼ら皆を、自分自身を、自分の身体を、自分の心を、嫌忌けんきしていた。軽侮の暴風が彼のうちに荒れていた。
はなはだ心得違こころえちがいなればこれにならうなかれと禁ずれば、その禁止の言葉の中におのずから他の党派に反対してこれを嫌忌けんきするの意味を含有するがゆえに、たといこれを禁じおわるも、その学生の一類は
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そうしてみると、世の中には、多くの人に喜ばれる流しをはなはだしく嫌忌けんきする人間もまれにはあるという事実を一つの事実として記録しておく事もむだではないかもしれない。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大事なアントアネットの一生を滅ぼしたあの困窮について、嫌忌けんきの念をいだいていた。
ことによると、この「嫌忌けんきの遺伝」は、正当の意味での遺伝として生殖細胞のクロモソームを通して子孫に伝わるのでなくして、むしろ「教育の効果」として伝わるのかもしれない。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしクリストフは、両者いずれにたいしても大なる嫌忌けんきの念を感ずるのみだった。
生徒のこのあだ名から私はどうしても単純な憎悪や嫌忌けんきを読み取る事ができない。
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)