嚢中のうちゅう)” の例文
今日は幸い時間もある、嚢中のうちゅうには四五枚の堵物とぶつもある。連れて行けば行かれる。細君も行きたいだろう、僕も連れて行ってやりたい。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さて、旬日ののち、嚢中のうちゅうわずかに五十フランを余すとき、悩みに満ちた浅い眠りを続けているコン吉を遽然きょぜんと揺り起すものあり。
たゞ覚えてゐることは、もはや嚢中のうちゅうには二三円の金しかなかつた、そして徴兵検査の期日は旬日の後に迫つてゐた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「その道と限らないんです。天才は元来嚢中のうちゅうきりのようなものですから、の道へ入っても、必ず現れて参ります」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
それを先生は、まるで嚢中のうちゅうに物を探るようにとり出して並べて行かれた。私は、その後も、あの時ほど自分の頭の振子ふりこが最大の振幅で動いた経験を持たない。
巡査はわたくしの上着をはぎ取って所持品を改める段になると、平素ふだん夜行の際、不審尋問に遇う時の用心に、印鑑と印鑑証明書と戸籍抄本とが嚢中のうちゅうに入れてある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一度、商人の手に移ると、莫大ばくだいな値になって、とても自分の貧しい嚢中のうちゅうではあがなえなくなるからであった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嚢中のうちゅうの『マルク』七つ八つありしを、からかごの上に置きて与へ、驚きて何ともいはぬひまに、立去りしが、そのおもて、その目、いつまでも目に付きて消えず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
されど船にて直航せんには嚢中のうちゅう足らずして興うすく、陸にて行かばくるしみ多からんが興はあるべし。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この閨秀詩人は字を合わせいんをさぐることに、多くの苦心をせず、嚢中のうちゅうのものを取り出すように、無雑作むぞうさにこれだけの詩を書いてしまったことに舌を捲かずにはいられません。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兎角とかく銭に窮して思うように行かず、年二十五歳のとき江戸に来て以来、嚢中のうちゅうも少し温かになって酒を買う位の事は出来るようになったから、勉強のかたわら飲むことを第一の楽みにして
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それも、元来食慾の少い方なので、一つは嚢中のうちゅうの乏しいせいもあってだが、洋食一皿注文するでなく、安いコーヒーを二杯も三杯もお代りして、一時間も二時間もじっとしているのだ。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
尾籠びろうな話であるが室戸の宿の宿泊料が十一銭であったことを覚えている。大変に御馳走があって二の膳付の豊富な晩食を食わされたのでいささか嚢中のうちゅうの懸念があったではないかと思う。
初旅 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
肥えた馬、軽いけごろも、ひどく立派な旅装をしていたが、嚢中のうちゅうには宝玉がみちていた。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は自分の財布さいふを取出し、嚢中のうちゅうの金額を調べて外務大臣に報告した。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そんな次第で、塩の湯にいても正造の嚢中のうちゅうは乏しかった。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
嚢中のうちゅうのかくもすみやかに空しからずば、はや
路傍をまごつく事もなく、又、一円七十銭しかない乏しい嚢中のうちゅうもそう減らさずに、正月を越せたのだった。食事は外のめし屋へ喰べに出かけ、一回五銭か六銭で足りた。
多少名古屋に於て信者から草鞋銭わらじせんをせしめて来たとはいえ、千両箱を馬につけて来たわけではないし——嚢中のうちゅうおおよそお察しのきく程度のものであるのに、それをしもはたいてしまっては
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
という孔明が嚢中のうちゅうの言にしたがって、玄徳と趙雲は、相諮あいはかって、船中の佳宝や物産を掲げ、また兵士をして、羊をひかせ、酒をになわせ、都街の人目をそばだたせながら
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の嚢中のうちゅうは宿銭にも乏しかったので、今宵はここの河原よもぎふすまにして夜を明かそうと心を決めた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま、玄徳を殺すことは、嚢中のうちゅうの物をつかむも同様で、いと易いことではありませんか。城門の内に、伏兵を詰めおき、彼を招いて通過の節、十方より剣槍の餌となし給え。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜、けんとするや、一斉の銃声あるべし。まさに、嚢中のうちゅうの敵を一掴いっかく、そのときにあり。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楊儀と姜維きょうい嚢中のうちゅうの遺計が教える所に従って、急に作戦を変更した。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)