唐津からつ)” の例文
唐津からつ港あたりに颱風を避難したのだろうと思い乍ら窓から覗いた彼の鼻先に、朝靄を衝いてそびえていたのは川崎造船の煙突であった。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「めっそうな、うらがひまつぶしにこしらえたんじゃ、進ぜるわいの。——今日び唐津からつびきのもあるけんど冬は冷たいせに」
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「まず及第、その辺であろう。……唐津からつ唐津お前へ聞こう。どうして日本の武将連が、キリシタン宗へ帰依したかな?」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
酒は新川しんかわ鹿島かしま雷門前かみなりもんまえ四方よもから取り、椀は宗哲そうてつ真塗しんぬり、向付むこうづけは唐津からつ片口かたくちといったふうな凝り方なので
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
少し資本をこしらえて来て、唐津からつ物の糶売せりうりをしてみたい、これが唯一の目的であった。何によらず炭坑街で、てっとり早く売れるものは、食物である。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「馬鹿馬鹿しいじゃありませんか、いくら唐津からつから掘って来たって山の芋が十二円五十銭してたまるもんですか」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といふ一句を吾家の門扉に付して家を出で法体ほったいとなりて一笠一杖いちりゅういちじょうに身を托し、名勝旧跡を探りつゝ西を志す事一年に近く、長崎路より肥前唐津からつに入り来る。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
色鍋島いろなべしま唐津からつとは持主が違うであろう。もし二つとも有っているなら、どっちでもいいような持主であろう。
北九州の窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
古い陶器やきものに見立てていうならば、巧みも見得みえもない土味をき出しに、どうなと見たいように見てくれとしているノンコウ茶碗か唐津からつ徳利みたいな味の男だった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
肥前唐津からつから、遠州浜松に国替を願出ねがいでたのも、ただ老中になり度い為——、老中になれば今度は大手柄を立てて、昔の柳沢出羽守やなぎさわでわのかみのように、幾十万石の大大名にも出世し度い
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
鬼塚おにづかへ来ると直ぐ右がその松浦川で次は唐津からつ、下りるが早く博多屋というのへ案内された。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
途にて荷車を曳きゆく老爺と、うらわかき村の乙女の一隊との唐津からつへ出づるに遇ふ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
矢島優善は浦和県の典獄になっていて、この年一月七日に唐津からつ藩士大沢正おおさわせいむすめちょうめとった。嘉永二年うまれで二十三歳である。これより先前妻鉄は幾多の葛藤かっとうを経たのちに離別せられていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
向うに見える唐津からつ様の海鼠壁なまこかべには、まだ赤々と入日がさして、その日を浴びた一株の柳が、こんもりと葉かげを蒸してゐるのも、去つて間がない残暑の思ひ出を新しくするのに十分だつた。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ツトクズシ 巻蒲鉾まきかまぼこのことを、肥前の唐津からつなどではそういう。クズシは西国一般に魚の肉をたたいて集めたもの、すなわち東で蒲鉾というもののことで、それをつとで包むから苞クズシである。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
海のべの唐津からつのやどりしばしばも噛みあつるいひすなのかなしさ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
それ故この言葉は九州あたりでは通用致しません。なぜなら九州では「唐津からつ」と呼ぶからであります。ここでも地名が焼物の一般名にまで高まった例を示します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
幸い、肥前ひぜん唐津からつ多々羅たたらはまと云う名所があるから、せめて三平の戸籍だけでもそっちへ移してくれ。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例えば肥前の唐津からつや、または現川うつつがわや、筑前の上野あがのや、筑後の八代やつしろの如き、昔の勢いは過ぎ去りました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「まだ食いなさらんか、早く御母おかあさんに煮て御貰い。唐津からつの山の芋は東京のとは違ってうまかあ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
同じように瀬戸という一個の固有名詞は「瀬戸物せともの」という普通名詞に転じている。「唐津からつ」というのも、その土地を知らない人には焼物との意よりほかないであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
細君の枕元には四寸角の一尺五六寸ばかりの釘付くぎづけにした箱が大事そうに置いてある。これは肥前の国は唐津からつの住人多々良三平君たたらさんぺいくんが先日帰省した時御土産おみやげに持って来た山のいもである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唐津からつ」とか「八代やつしろ」とか「現川うつつがわ」とか「上野あがの」とかこれらの諸窯は、広い意味で朝鮮系窯である。そうしてそれらの著名な窯以外に、無数の名も知れざる同種の窯が九州西半部各地に散在する。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)