味気あじき)” の例文
旧字:味氣
ほおはこけ、眼の下にふかいたるみが出来た上に、皮膚の色はどす黒くにごっていた。鏡を見るごとに味気あじきなさが身にみるようである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
「へえ、おれは自分じゃ、夢がすくなさ過ぎると思うんだが——夢のない人の生涯しょうがいほど味気あじきないものはない、とおれは思うんだが。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういたしましたら、私も生き甲斐がいがあるのでございますが、三年前に死にましてからは、ほんとに、世を味気あじきなく暮して参りました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
大分味気あじきない顔付で、パーラーの方へ戻って来ると、思いがけなく、木賀子爵が独りで、綺麗な婦人達の中で、紅茶を飲んでいた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「歯に喰ひあてし」という言葉のひびきに、如何いかにも砂をむような味気あじきなさと、忌々いまいましさの口惜くちおしい情感が現われている。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
飲んでいる間はおたがいによいの中に解け合ってしまいますけれども、それがめかけた時はおたがいの胸にたまらないほどの味気あじきなさが湧いて来ます。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その名前を一々読んだ時には何だか世の中が味気あじきなくなって人間もつまらないと云う気が起ったよ。一番仕舞しまいにね。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両親に別れたんですから現世このよ味気あじきなくぞんじ、また両親やあにあねの冥福をとむらわんために因果塚を建立こんりゅうしたいから、仏門に入れてくれと晋齋にせまります。
それほど、かれは、その寝ている間、身もこゝろもいためつゞけた。わけもなくかれは、寂しく、味気あじきなかった。奈落の底へでも落ちたように心細かった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
それとも又、私に、もっと芸術的な天分が、与えられていましたなら、例えば美しい詩歌によって、此世このよ味気あじきなさを、忘れることが出来たでもありましょう。
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とこについてもさっぱり安眠あんみんができない……はしっても一こう食物しょくもつのどとおらない……こころなかはただむしゃくしゃ……、口惜くやしい、うらめしい、味気あじきない、さびしい
味気あじきない思いのチョビ安です。顔を見たこともない父母が、恋しいばっかりに、あの「むこうの辻のお地蔵さん」の唄をうたって、親を探しに江戸へ出てきたのですが。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
観念や智慧のまわりをぐるぐる回しているだけで、なんとも味気あじきない感がしてなりません。
親鸞の水脈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手にさげて来た風呂敷包みを片隅に置いてしばしぼんやり立っていたが、取付き場がなく、味気あじきなくてしようがないので、押入れから布団ふとんを引きずり出してその中へもぐり込んだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
わずか一円の金すら容易にできない家庭のあわれむべきをつくづく味気あじきなく思った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
と、彼女は、すこし味気あじきなさそうに、唇をかんだ。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
この上の恥と迷惑をかけねばならぬことを思えばこそ味気あじきなく生きながらえているので、ほんとうに自分も死んだ方がよし、人のためにもなるであろうと
美沢は、味気あじきなさそうな眼を、ボンヤリ新子に向けた。新子は、その眼をなるべく意識しないように
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「この秋は何で年よる雲に鳥」という句は、「何で年よる」という言葉の味気あじきなく重たい調子。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
彼はこの世の味気あじきなさ、平凡さにあきあきして、彼の異常な空想を、せめては紙の上に書き現わすことを楽しんでいたのです。それが彼が小説を書きはじめた動機だったのです。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
晋齋もいろ/\勧めて見ますが何うも承知しないんであぐねております。するとお若は世を味気あじきなく思いましたやら、房々ふさ/\したたけの黒髪根元からプッヽリ惜気おしげもなく切って仕舞いました。
一層暗く、一層味気あじきなく、一層身にしむものにするのに十分だった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
そう思うと、自分一人世の中に取り残されて、悲しく情ない目に会っていることが、味気あじきなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それが一際ひときわ私のオフィス勤めを味気あじきないものにしたのだった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
風のように、美和子が去ってしまうと、前川は、しばらく味気あじきなさそうに、煙草を吸いつづけた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)