健啖けんたん)” の例文
先日博士は生来の健啖けんたんに任せて羊の炙肉あぶりにくをほとんど一頭分も平らげたが、その後当分、生きた羊の顔を見るのも厭になったことがある。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
信長はまた健啖けんたんだった。茶室でも一通り満腹したろうに、広間へ移ってからも、彼の前に供えられる木皿きざら高坏たかつきはみなからになってゆく。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
煮たのも来る。舞茸まいたけ味噌汁みそしるが来る。焚き立ての熱飯あつめしに、此山水の珍味ちんみえて、関翁以下当年五歳の鶴子まで、健啖けんたん思わず数碗すうわんかさねる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼はけもののように、飮んだり食ったりした。盤や坏は見る見る内に、一つ残らずからになった。女は健啖けんたんな彼を眺めながら子供のように微笑していた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いくらか塩けのある船の食事を健啖けんたんに平げて、つまり、はじめて——、数年ぶりの休息を取りもどしていたのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「御承知の通り孔雀一羽につき、舌肉の分量は小指のなかばにも足らぬ程故健啖けんたんなる大兄の胃嚢いぶくろたす為には……」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
健之助は健啖けんたん之助とつけるべきでありました。ああちゃんをみていると、年中粉ミルクをかきまわしています。
夫人も健啖けんたんだったが、画家の良人はより健啖だった。みな残りなく食べ終り、煎茶茶椀せんちゃぢゃわんを取上げながらいった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
平生健啖けんたんであったのがにわかに食慾を減じ、或る時、見舞に行くと、「この頃は朝飯はお廃止やめだ。一日に一杯ぐらいしか喰わない。夜もおちおち寝られない、」
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
私たちがせっせと食べていると、小男は私たちの健啖けんたんぶりを呆れ顔に眺めていたが、やがて言うことには
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
が、それをあぶると、新鮮な肉からは、香ばしい匂いが立ち、俊寛の健啖けんたんな食欲をいやが上にも刺激する。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
日頃健啖けんたんな大熊老人は、それ等の届けものの食料品を、とに角と通りは味わってみるのであった。
仲々死なぬ彼奴 (新字新仮名) / 海野十三(著)
露西亜人と云うものはとても健啖けんたんなのに驚いた、最初に前菜ぜんさいが出て、それから温かい料理が幾皿か出たが、肉でも野菜でも分量がえらく沢山で、ふんだんに盛ってある
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
リーリ・ラインハルトは彼をひいきにして、滋味ある御馳走ごちそうをふるまってやった。彼女は自分自身の健啖けんたんを満足させるために、かかる口実を見出したことを喜んでいた。
ある時は須磨寺に遊んで敦盛蕎麦あつもりそばを食った。居士の健啖けんたんは最早余の及ぶところではなかった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
まして小兵こひょうながら健啖けんたんな米友が、この場合に五箇いつつの握飯を三箇みっつだけ食べて、あとを残すというようなことがあろうとも思われませんのです。けれども水は尽きてしまいました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そのお流れをみんな健啖けんたんな道化師の玉が頂戴ちょうだいするのであった。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「社長は実に健啖けんたんですなあ」
社長秘書 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
此頃は、儂の健啖けんたんも大に減った。而して平素菜食の結果、まれに東京で西洋料理なぞ食っても、うまいには甘いが、思う半分もえぬ。最早儂の腸胃も杢兵衛式もくべえしきになった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それから平貝たいらがいのフライをさかなに、ちびちび正宗まさむねを嘗め始めた。勿論下戸げこの風中や保吉は二つと猪口ちょくは重ねなかった。その代り料理を平げさすと、二人とも中々なかなか健啖けんたんだった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
量さえ多ければ質のいかんをあまり気にしない趣味の貪欲どんよく性をもそなえていた。そういう健啖けんたんな食欲にとっては、実量が多ければ多いほどどんな音楽でも上等のものとなる。
健啖けんたんで、物を食う速力が非常に速い私は、大勢で鍋を囲んだりする時、まだよく煮え切らないうちにそばから傍から喰べてしまう癖があるのだが、衛生家で用心深い鏡花はそれと反対に
文壇昔ばなし (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
健啖けんたん天下一
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昔はほとんど食うか食わずだったのに、非常な大食になっています。なお習慣を守って胃の弱いことを並べたてていますが、それでもやはりごく健啖けんたんです。書物なんかは少しも読んでいません。
そしてその口実を作り出す機会をのがさなかった。二人の老人は非常に健啖けんたんだった。クンツは食卓につくと別人の感があった。太陽のように輝き出すのだった。料理屋の看板にもなり得るほどだった。