侘住居わびずまい)” の例文
それが今、茶の間……といってもその一室きりない栄三郎の侘住居わびずまいに、欠け摺鉢すりばちに灰を入れた火鉢をへだてて向かいあっているのだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その節、取りまぎれて、折返しとは行かなかったけれども、二月とはおかず、間淵の侘住居わびずまいを訪ねたが、もうどこかへ引越しした。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
魚松のおかみさんは、約束の物を岡持おかもちに入れて、ふたたび路地の侘住居わびずまいを訪れた。けれど、又四郎もお次もいなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち昨日までは胆吹御殿に見えた不破の関守氏と、知善院に侘住居わびずまいの青嵐居士と二人が、ここで抜からぬ面を合わせているというだけのものです。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
当時洛外らくがい侘住居わびずまいする岩倉公いわくらこうの知遇を得て朝に晩に岩倉家に出入りするという松尾多勢子から、その子の誠にあてた京都便だよりも、半蔵にはめずらしかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
京の西洞院にしのとういん侘住居わびずまいをしていた両親の手から今川家へ児小姓こごしょうに召し上げられたので、それ以来は、ただ主君や周囲からせられることを受動的に甘受していただけで
三浦右衛門の最後 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
秋の雨しとしとと降りそそぎて、虫の次第に消え行く郊外の侘住居わびずまいに、みつかれたる昼下ひるさがり、尋ねきたる友もなきまま、ひとひそかに浮世絵取出とりいだしてながむれば、ああ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
暫くの音信不通の間に、女は東京を落ちのび、中山道の宿場町に時代物の侘住居わびずまいを営んでゐる。私もうらぶれた落武者の荒涼とした心を懐いて宿場町へ訪ねていつた。
をみな (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
前句との附様は前のほとぎ打つ月といへるを町はづれなどの侘住居わびずまいと見たる故に郊外の景色を見るがままに述べたるならん。この句雑の句なり。冬季は二句続くが普通の例なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
お泊り宿は名ばかり、小ばくちの宿をやったり、兇状持きょうじょうもち、お尋ね者なぞの、隠れ家になったりしている、お目こぼれの悪の巣で、お三ばばという、新宿の、やり手上りの侘住居わびずまいだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
張札はりふだをして、酒屋、魚屋、八百屋連の御用聞ごようききたちが往来のものに交って声高こわだかののしりちらして、そこにもいたたまれないようにさせたが、やがてその侘住居わびずまいも戸をめてしまった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
うすものひとつになって圓朝は、この間内あいだうちから貼りかえたいろいろさまざまの障子のような小障子のようなものへ、河岸の景色を、藪畳を、よしわらを、大広間を、侘住居わびずまいを、野遠見のとおみを、浪幕を
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「いつ行かれるか判らないけれど、ともかくそのための侘住居わびずまいよ」
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
冷々ひやひやとした侘住居わびずまいである。木綿縞もめんじま膝掛ひざかけを払って、筒袖のどんつくを着た膝をすわり直って、それから挨拶した。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それよりも先に、両国橋で女軽業の一座を率いていた親方が、どうしてこんなところの侘住居わびずまいに落着いたかということが、米友には大いなる疑問であります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いま洛中の南禅寺境内に侘住居わびずまいして、ひたすら病を養っている竹中半兵衛の許へ、信長の使者として、佐久間信盛が訪れたということを、その半兵衛からつぶさにらせて来たのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松枝町角屋敷の塀をね越して出ると、そのまま、程遠からぬわが侘住居わびずまい——表は、みが格子ごうしの入口もなまめかしく、さもおかこい者じみてひっそりと、住みよげな家なのだが、そこに戻って来ると
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「よろしい段か——但し、ごらんの通りの侘住居わびずまい、差上げたくも敷物に致すものさえござらぬ始末でな」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは、——そこは——自分の口から申兼ねる次第でありますけれども、私の大恩人——いえいえ恩人で、そして、夢にも忘れられない美しい人の侘住居わびずまいなのであります。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「これが、わしの侘住居わびずまいじゃ。上りなさい」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
水気みずけたっぷりな侘住居わびずまいをしているくらいですから、心臓の方も、さのみ老いてはいなかったのでしょう。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
麁茶そちゃを一つ献じましょう。何事も御覧の通りの侘住居わびずまいで。……あの、茶道具を、これへな。」
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほかに待っているのがあると言って、吉原行きをことわって引返して来た根岸の侘住居わびずまい
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その晩、机竜之助とお絹とは、西来院のかたわらなる侘住居わびずまいで話をするのが縁となりました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それからふと、飛騨の高山の相応院の侘住居わびずまいへ居を移してみると、眼下に高山の市街を見て胸が開いたほど眼界の広きを感じましたが、今ここへ来て見ると、その比較ではありません。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分の侘住居わびずまいと程遠いところではないはず。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)