五月いつつき)” の例文
四十歳の彼等の母親は、それをまあどんな心持で眺めているのであろう。しかも彼女の腹には、もう又、五月いつつきの子が宿っているのだ。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
押川 どうして? 君のところは、方々へ払ひを五月いつつきも溜めてるかい。貧乏臭い話はしたくないが、まあ勝手へ廻つて帳面を見て来給へ。
雅俗貧困譜 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「おう! 俺、鉄道の、砂利積みに行きてえなあ。鉄道の砂利積みに出て稼ぐど、四月よつき五月いつつきで、馬一匹は楽に買えるから。」
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
郊外では四月よつき五月いつつきも釣る蚊帳かやが、ここでは二十日か、三十日位しからない。でも、毎年のように蚊がえた。その晩も皆な蚊帳の内へ入った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かんざしを取って授けつつ)楊弓ようきゅうを射るように——くぎを打って呪詛のろうのは、一念の届くのに、三月みつき五月いつつき、三ねん、五年、日と月とこよみを待たねばなりません。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四月よつき五月いつつき、半歳と、親切な島の人達の世話になりながら、身体も心も恢復かいふくするのを待ちました。
その美しい娘はもう五月いつつき近い腹をして居りながら、乱れた髪をしてせつせとはたを織つて居た。其処そこ丁度ちやうど隣りの一家族の上京——で、頼んで無賃ただで乗せて行つて貰へるのを喜んだ。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
衰えのみえる目などのめっきり水々して来たおゆうは、爾時そのとき五月いつつきの腹を抱えていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一年ひととせの独居はいよいよこの自信を強め、恋の苦しみと悲しみとはこの自信と戦い、かれはついに治子を捨て、この天職に自個をささぐべしと自ら誓いき。後の五月いつつきはこの誓いと恋と戦えり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
突然五月いつつきばかり前、スパセニアから受け取った葉書を思い出しました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
このいほ三月みつき五月いつつき棲み馴れていよよ親しむ西日の反射
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
仕上り二年間の見積みつもりの処が、一年と持たず、四月よつき五月いつつきといううちから、職人の作料工賃にも差支えが出来たんですって、——それがだわね、……県庁の息がかかって
月末つきずえなるべしと青年は答え、さればこの地もまたいつ帰り来て見んことの定め難く、また再び見ることかなうまじきやこれまた計り難ければ、今日は半日このあたりを歩みて一年と五月いつつきの間
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
饂飩うどんで虐待した理由わけというのが——紹介状をつけた画伯は、近頃でこそ一家をなしたが、若くて放浪した時代に信州路しんしゅうじ経歴へめぐって、その旅館には五月いつつきあまりも閉じもった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一年ひととせ五月いつつきの間にかれこの路を往来ゆききせしことを幾たびぞ。この路に入りては人にあうことまれに、おりおり野菜のたぐいを積みし荷車ならずば馬上巻煙草まきたばこをくわえて並み足に歩ませたる騎兵にあうのみ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)