一鞭ひとむち)” の例文
ところが驚いたことには、甚兵衛が馬に一鞭ひとむちあてて帰りかけると、その馬の足の早いこと、まるで宙を飛ぶように進んで行きます。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
多寡たかの知れた女ひとりに、そう立ち騒ぐこともあるまい。誰よりもよく八雲の顔を見知っている此方が、一鞭ひとむちてて捕えてくる』
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眇目の男は無言で向こうを指さすと、武者はうなずいて馬に一鞭ひとむちあてた。つづいて十騎二十騎、あとにはかちの者も七八十人付き添って、あき草の中を泳いで通った。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「蛸め。式部は卑怯ひきょうだ。かまわぬ、つづけ!」と式部の手のゆるんだすきを見て駒に一鞭ひとむちあて、暴虎馮河ぼうこひょうが、ざんぶと濁流に身をおどらせた。式部もいまはこれまでと観念し
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「しばしがほどなり。余りにれて客人まろうども風や引き玉はむ。またふるびたれどもこの車、いたく濡らさば、主人あるじいかりはむ。」といひて、手早く母衣打掩うちおおひ、また一鞭ひとむちあてて急ぎぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
『ずるけろ、ずるけろ! 手前がずるをすれば、そら、おれもこうして仕返しをしてやるぞ!』セリファンはこう叫びながら半身をおこして、その怠け者にピシリと一鞭ひとむちくらわせた。
報告書は麾下きか陳歩楽ちんほらくという者が身に帯びて、単身都へせるのである。選ばれた使者は、李陵りりょう一揖いちゆうしてから、十頭に足らぬ少数の馬の中の一匹に打跨うちまたがると、一鞭ひとむちあてて丘を駈下かけおりた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
背後うしろをふりむいて叫びながら、思いきり一鞭ひとむちくれた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一鞭ひとむち、急阪を馳登はせのぼる一方
新訂雲母阪 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いや、禍を転じて福となすため、お詫びをかねて、次の一策を告げ参らせんと、兵庫街道の敵地の中を、ただ一鞭ひとむちに駈けて参りました。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
龍太郎は、黒鹿毛くろかげにまたがって、鞍壺くらつぼのわきへ、梅雪をひッつるし、一鞭ひとむちくれて走りだすと、山県蔦之助も、おくれじものと、つづいていく。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、朝飯前に一鞭ひとむちと——駒の背にまたがるなり駈け出すと、ちょうど武蔵野の真東から、のっと大きな日輪が草の海を離れかけていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「駈けるぞ」一鞭ひとむちあてると、箭四郎は坂道にとり残された。やっと、追いついてみると、もう仙洞御所せんとうごしょの東門に、主人の姿はそこになかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんの坂本までは、見えているほど近い距離。一雨ひとあめあるとも、一鞭ひとむちの間に着いてしまう。——懸念すな。懸念すな」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あいや、まだ遠くはちますまい。おいいつけ下さるなれば、私が一鞭ひとむちあてて、羽柴どのを呼び返して参りますが」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手綱たづなをあざやかに、ひらりとこまにおどった武装ぶそうの少女は一鞭ひとむちあてるよと見るまに、これも、伊那丸にかけつづいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
咲耶子さくやこは、ピシリッと馬に一鞭ひとむちあてた。一声たかくいなないたこまは、征矢そやよりもはやく、すすきの波をきって、まッしぐらに、南のほうへさしてとぶ——
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この広い天地へ出ては、魚のように、鳥のように、人も振舞いたくなるの。いで、予も一鞭ひとむち
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうじゃ、君が一鞭ひとむちいいところを乗って優勝してくれたら、うんと呼び値があがるな」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わけても、勝龍寺しょうりゅうじの城などは、事変の中心地から、馬なら一鞭ひとむちで来られる山城国やましろのくに乙訓郡おとくにごおりにあるので、桂川かつらがわの水が、白々と朝を描き出した頃には、もう悍馬かんばを城門に捨てた早打ちの者が
「さ。これに召して、一鞭ひとむち、眼をつぶって、ここをお立ち退きなされませ」
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なお一鞭ひとむち当てて急ぐかと思うと、彼は十王堂の前でひらと馬を降りた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鰍沢かじかざわの町で、また馬を求め、それからは一鞭ひとむちで、甲府へはいった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「爺、そちも乗れ。一鞭ひとむちあてよう」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)