一膳いちぜん)” の例文
それでは御免こうむって、わし一膳いちぜん遣附やッつけるぜ。なべの底はじりじりいう、昨夜ゆうべから気をんで酒の虫は揉殺したが、矢鱈やたら無性むしょうに腹が空いた。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分はこの長い町を通りながら、自分らに適当と思う程度の一膳いちぜんめし屋をついに九軒まで勘定した。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桂正作は武士の子、今や彼が一家は非運の底にあれど、ようするに彼は紳士の子、それが下等社会といっしょに一膳いちぜんめしに舌打ち鳴らすか、と思って涙ぐんだのではない。けっしてそうではない。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
なんぢしとおもふことならばなににてもし、ちとかはりたるのぞみなるが、なんぢ思附おもひつき獻立こんだて仕立したてて一膳いちぜんこゝろみしめよ
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
元二げんじが、一膳いちぜんめしまへはなれて、振返ふりかへる、とくだん黒猫くろねこが、あとを、のそ/\と歩行あるいてる。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
瓜井戸うりゐど宿しゆくはづれに、つとを一まいけた一膳いちぜんめしのきはひつた。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すで獻立こんだてしてちたればたゞちに膳部ぜんぶ御前ごぜんさゝげつ。「いま一膳いちぜんはいかゞつかまつらむ」とうかゞへば、幼君えうくん「さればなりそのぜんかごなかつかはせ」との御意ぎよい役人やくにんいぶかしきことかなと御顏おんかほみまもりて猶豫ためらへり。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お前さん、中は土間で、腰掛なんか、台があって……一膳いちぜんめし屋というのが、腰障子の字にも見えるほど、黒い森を、柳すかしに、青く、くぐって、月あかりが、水で一し漉したように映ります。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)