馬丁べつたう)” の例文
唯、前の方へ突進する馬車と……時々馬丁べつたうの吹き鳴らす喇叭らつぱと馬を勵ます聲と……激しく動搖ゆすれる私達の身體とがあるばかりでした。
馬乗うまのりの上手な者が馬丁べつたうになり、女の手を握る事の好きな男が医者になるやうに、すべての芸能は、その人に職業しごとを与へて呉れるものだ。
「私も今晩あたりは、御墨附をお返し申上げられるかと思ひます。恐れ入りますが、馬丁べつたうの黒助を御呼び下さいますやうに」
「馬車が出ます/\」と、炉火ろくわようしてうづくまりたる馬丁べつたう濁声だみごゑ、闇のうちより響く「吉田行も、大宮行も、今ますぐと出ますよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
下におりてゐた馬丁べつたう、これも二人、いづれも大名行列のやつこに似たやうな揃ひの服装をして、何やら金ぴかの大きな紋章をつけた真黒な円い笠をかぶつてゐた其の姿であつた。
冬の夜がたり (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
負ひて川原へおろ壳馬車からばしやにして辛うじて引上げしが道を作り居たる土地の者崖の上より見下して乘り入れたる馬丁べつたうも強しりぬ客人も大膽やとほめるかそしるか聲を發して額に手を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
たづねに參る途中馬丁べつたう勾引かどはかされ源次郎諸方をたづねし處猿島河原にて妻がくび
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
物の五町と歩かないうちに馬丁べつたうの財布は空つぽになつた。でも、馬は貧乏人と見ると、立停つて動かないので、馬丁べつたうもとうと善い事を発明した。
馬丁べつたうの黒助は立ち上がつて、番手桶の水をザブリと掛けました。初秋の肌寒い風が、半裸の美女を吹いて、そのまゝ燻蒸くんじようする湯氣も匂ひさうです。
馬車が何處を通るのか、皆目それは私には解りませんでしたが、闇に振る馬丁べつたうの烈しい鞭の音と、尋常たゞならぬ車の上の人達の樣子とで、賊といふことだけは知れました。
驚かすあまり壽命の藥でもなし呉々くれ/″\も重ね/\も木曾見物の風流才士はこゝを馬車にて飛ぶべからず同行例の豪傑揃ひなれば一難所一急坂を過る時は拍手して快を呼ぶ馬丁べつたうます/\氣を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「それはめでたいの。ゆつくり往つて来るがいゝ、さいはひ乃公おれの馬もあいてるから、あれに乗つてくとしたらどうぢや、馬丁べつたうに案内して貰つての。」
「あつたよ、御用人にお願する迄も無いや、馬丁べつたうに知つてるのがあるから頼んで一枚貰つて來た、これだ」
とうさんは馬丁べつたう背中せなかおぶさつて、かはしました。そのかは烏川からすがはといふかはだときました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いろはなりと云しにたがはずだん/\危うくせず京あたりの難所も首尾よく飛せ越えて奈良井へつきしは晝前なり是よりすぐに鳥居峠なれば馬車を下りしに馬丁べつたうは意氣揚々としてドウですお客樣一番鳥居峠を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「え、あの馬をお貸し下さいますか、それに馬丁べつたうさんまで……まあ、旦那様お有りがたうございます。」
車中の退屈まぎれに、吾儕は馬丁べつたうの喇叭を借りて戲れに吹いて見たが、そんなことから斯の馬丁も打解けて、路傍みちばたにある樹木の名、行く先/″\の村落を吾儕に話して聞かせた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まだくつわを放さなかつた馬丁べつたうの黒助は、張り切つた馬の首の下から必死の聲を絞ります。
女中も馬丁べつたうも馬も一緒にあとを振りかへつた。追ひかけて来たのは下男の一人で、旦那様の御用だから今一度やしきへ帰つてくれといふのだ。女中はぶつ/\ぼやきながら帰つて来た。
吾儕を待つて居た馬車は、修善寺から乘せて來たのと同じで、馬丁べつたうも知つた顏だつた。天城の山の上まで一人前五十錢づゝ。夜のうちに霰が降つたと見えて、乘つて行く道路みちは白かつた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
馬丁べつたうは素知らぬ顔でぽうを向いてゐたが、馬はそこに突立つて一足も前に乗り出さうとしなかつた。で、馬丁べつたうは無けなしの財布から幾らかつまみ出して貧乏人の掌面てのひらに載つけてやつた。
立木の儘枯れた大きな幹が行先の谷々に灰白く露出あらはれて居た。馬丁べつたうに聞くと、杉の爲に壓倒された樅の枯木だといふ。この可畏おそろしげな樹木の墓地の中を、一人、吾儕の方へ歩いて來る者があつた。
伊豆の旅 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
馬丁べつたうは葡萄酒のびんを引つ抱へて、鞍の上で大威張にりかへつてゐた。