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餘寒
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よかん
私の
小家は
餘寒未だ
相去り
申さずだつたが——お
宅は
來客がくびすを
接しておびたゞしい。
玄關で、
私たち
友達が
留守を
使ふばかりにも
氣が
散るからと、お
氣にいりの
煎茶茶碗一つ。
見る者なかりしと
爰に
浪人體の
侍の身には
粗服を
纏ひ二月の
餘寒烈きに
羊羹色の
絽の羽織を着て麻の
袴を
穿柄の
解れし大小を
帶せし者
常樂院の表門へ進み
入んとせしが寺内の
嚴重なる
形勢を
能々運に
叶ひし事かな
然ど二日二夜海上に
漂ひし事なれば
身心勞れ
流石の吉兵衞岩の上に
倒れ
伏歎息の外は無りしが
衣類は殘らず
潮に
濡惣身よりは
雫滴り未だ
初春の事なれば
餘寒は五體に
染渡り
針にて
刺れる如くなるを