面貌めんぼう)” の例文
面貌めんぼうほとんど生色なく、今にもたおれんずばかりなるが、ものに激したるさまなるにぞ、介添は心許こころもとなげに、つい居て着換を捧げながら
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
月は西に白けて、大空は黎明れいめいの気を見せて来た。そこに天地が口を開けたやうな一種いふべからざる神厳と空虚の面貌めんぼうの寸時がある。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ただしそれも、犬の頭がにわかに大きくなり、獅子しし面貌めんぼうとなって影のうちにおぼろに浮き出してくる、その日までのことである。
体格が雄偉で、面貌めんぼうの柔和な少年で、多く語らずに、始終微笑を帯びて玄機の挙止を凝視していた。年は玄機よりわかいのである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
青筋出して肝癪かんしゃく起した二葉亭の面貌めんぼうが文面及び筆勢にありあり彷彿して、当時の二葉亭のイライラした極度の興奮が想像された。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
然るに歌麿はまづ橢円形だえんけいの顔を作りいだしてその形式的なる面貌めんぼううちにも往々生々いきいきしたる精神を挿入そうにゅうし得たるは従来の浮世絵画中かつて見ざる所なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
書は人の性質をあらわし、書を検してその人の気質のいくぶんを知ることあるは、あたかも面貌めんぼうにつきて、その人の性質を判ずることを得ると同様である。
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一九一一年二月の地震で、パミールの中部バルダン渓谷は、一夜にしてその面貌めんぼうを改めてしまった。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
雑居房の四人の癩病人は、運動の時間が来るとぞろぞろと広い庭の日向ひなたへ出て行った。太田はその時始めて、彼らの一々の面貌めんぼうをはっきり見ることができたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
「苦るしいけれども今に面白くなるよ」と彼の眼瞼まぶたれた黒光りのする面貌めんぼうが語っていた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
どういう文字をてるのかわからないし、聞きかえすべきものでもなかったであろう。ただ阿賀妻は、彼の記憶には、そういう姓名はなかった。見覚えのある面貌めんぼうでもなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
不敵無類の面貌めんぼうをしていましたものでしたから、人を見て術を施すにさとい右門は、はて、いかにして口をあかしたものかというように、ややしばしためらっていたようでしたが
蓬々ぼうぼうたる丸の内の原っぱが、たちどころに煉瓦れんが造りのビル街と変わり、日露戦争後の急速な資本主義の発展とともに、欧風文明もようやくこの都会の面貌めんぼうを一新しようとしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そういう無意識的な二重の不断の状態は、日常生活が眠りに入って、スフィンクスの眼が、「存在」の多様な面貌めんぼうが、睡眠の深淵しんえんから浮かび上ってくる眩迷げんめいの瞬間に、よく現われてきた。
頭の髪赤くちゞみて、面貌めんぼう人に非ず猿にも非ず、手足は人の如くにして、全身に毛を生じたり。西村は天性剛なる男なれば、更に驚くこと無く、なんじは何処に住む者ぞと問ひけれども、敢て答へず。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
面貌めんぼう、姿態の如きものであろうか。宿命なり。いたしかたなし。
外の光線で見たなら、面貌めんぼうまッさおに変っていたかもしれぬ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余輩のごときも、初面接の人に対しては、その面貌めんぼうによって精神のいくぶんかを察知することができる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
その面貌めんぼうの無邪気なる、その謂うことの淡泊なる、要するに看護員は、他の誘惑に動かされて、胸中その是非に迷うがごとき、さる心弱きものにはあらず、何等か固き信仰ありて
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
役者似顔絵を見るにその面貌めんぼう衣裳いしょうの線を描ける筆力は遒勁しゅうけいなり。その挙動と表情とは欧洲人の眼には聊か誇張に過ぐるのきらひあれどこは日本演劇の正確なる描写ならざるべからず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
眼に見えない無数の虫が、生ありしものを穿うがって、塵埃じんあいに帰せしめていた……。しかもそれらの戦いの静寂さ!……おう、自然の平和よ、生の痛ましい残忍な面貌めんぼうおおってる悲しい仮面よ!
この間勿論我が国でも、支那事変が遂に世界戦争の面貌めんぼうあらわして来て「研究どころの騒ぎではなく」なっていたのであるが、英米側にとってみれば、それこそ日本の立場どころではなかったのである。
原子爆弾雑話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
家が焼けかかって幸いに消しとめたる場合には、仮に小さき茅屋ぼうおくの形を造ってこれを焼く。そのことを火返しと申している。また、屋根瓦の中に獅子しし面貌めんぼうをなせるものがある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
日本人の面貌めんぼうは神楽にもちうる面によって代表されていると言った人がある。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)