離座敷はなれ)” の例文
燦爛きらびやかなる扮装いでたちと見事なるひげとは、帳場より亭主を飛び出さして、うやうやしき辞儀の下より最も眺望ちょうぼうに富みたるこの離座敷はなれに通されぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
五郎蔵は地団駄を踏み、いつか抜いた長脇差しを振り冠り、左門へ走りかかったが、にわかに足を止め、離座敷はなれの方を眺めると
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
下宿の離座敷はなれを借りて三人の子供を養うも、一軒の家を借りて出るのも、半分旅人のような彼の生活には殆んど変りが無かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父様が離座敷はなれの真暗な廊下で脊のお高い芸者衆とお相撲すもうをお取りになっていらっしゃったのもあの晩のことでございました。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
「今朝日比谷で騒いでいた安亀の一味十人が「呉竹」の離座敷はなれにいることはちゃんと見通しなんだ。どうだ、恐れ入ったか」
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「私たちもアトから離座敷はなれへチョット行きますけに、お二人で茶でも飲んで待っておんなさい。今一つ式がありますでな」
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手水ちょうずを取るのに清潔きれいだからと女中が案内をするから、この離座敷はなれに近い洗面所に来ると、三カ所、水道口みずぐちがあるのにそのどれをひねっても水が出ない。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婢「鳶頭旦那様がお待ちかねですから、さアお上りなさい、お奥の離座敷はなれいらっしゃるんですよ」
お豊は離座敷はなれこもったまま滅多めったに出て歩かないのに、月に三度は明神へ参詣します。今日は参詣の当日で、かの閑人ひまじんどもに姿を見咎みとがめられて、口のに上ったのもそれがためでありました。
私にはその離座敷はなれがはつきりと浮んだ。そこからはこのYの城址の松が見え、銀色をした沼の一部が見え、草で蔽はれた土手の長く連つてゐるのが見え、田が青く朝風に靡いてゐるのが見えた。
あさぢ沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
畳数枚にもあたる巨大な白蜘蛛が、暗い洞窟の中から這い出すように、今、離座敷はなれの、左門の部屋から、縁側の方へ這い出しつつあった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と民助に言われて、子供等は何かなしに嬉しそうに床にいた。女中は客の夜具を運んで来て、離座敷はなれくぐを閉めて行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
土蔵くらの中だの、離座敷はなれみたような処だのを二人で間借りをして、そこで母はいろんな刺繍をした細工物を作るのでしたが、それが幾つか出来上りますと、僕を背負おぶって
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おぎの波はいと静かなり。あらしの誘う木葉舟の、島隠れ行く影もほの見ゆ。折しも松の風を払って、たえなる琴の音は二階の一間に起りぬ。新たに来たる離座敷はなれの客は耳をかたぶけつ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
と庭下駄を穿いて飛石伝いに庭の離座敷はなれへ行って差向さしむかいになりました。
古い寺院おてらにでも見るような青苔あおごけえた庭の奥まったところにある離座敷はなれに行って着いた人達は、早く届いた荷物と一緒に岸本を待っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
廊下が左へ曲がった外れに、離座敷はなれが立っていた。藁葺わらぶき屋根の、部屋数三間ほどの、古びた建物で、静けさを好む客などのために建てたものらしかった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それまで二人が隠れ住んでいた福岡市外の松園まつぞのという処の皮革商かわや離座敷はなれで生れたのであったが、その生声うぶごえを聞くと間もなく、今まで隠忍自重していたMは、初めてT子に謎をかけてみた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
門があってよ玄関があって、母屋があって離座敷はなれがあり、泉水築山があるんじゃねえか! そうさ尤も模型だから這入って住むことは出来ねえが、そいつあ何うも仕方がねえ。
天主閣の音 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まだ時間はチット早いけれども、ちょうど潮時しおどきじゃけにモウこのまま、離座敷はなれに引取った方がよかろうと思うが……あんな正覚坊連中でもアンタ方が正座に坐っとると、席が改まって飲めんでな。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一度として戸外へおいでにならない。庭へさえ出ないじゃアありませんか。その上お母様や私をさえ、はいらせようとしないじゃアありませんか。ええそうです離座敷はなれの中へ。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうやら夜風でも出たらしい、この離座敷はなれの中庭あたりで、木々のざわめく音がした。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……いえそれよりもっともっと、大事なことがあるのです。それはお母様とお父様なのです。まあどうでしょうお父様と来ては、年が年中離座敷はなればかりにいて一度として主屋おもやへはいらっしゃらない。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)