のど)” の例文
それは春の日のことで、霞める浦輪うらわには、寄せる白波のざわざわという音ばかり、磯の小貝は花のように光っているのどかさだった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
のどかな秋の日ざしのなかの、芒や萩の伏枝をみてわびしいおもいをたのしむような気持は、もう妹たちにはなくなっているのだ。
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
絶壁の上のかえでの老樹も手に届くばかりに参差しんしと枝を分ち、葉を交えて、鮮明に澄んでのどかな、ちらちらとした光線である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
葉と葉との間に一掬の水がのどかに澄んでいるのは、まことに天来の穏かさを保って、限りなく美しいものである。
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「なるほど、なんだかそれは楽しそうですね。しかしなんというのどかな趣味だろう」
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ひとり沈思のあゆみを築山の彼方あなた、紅葉うるはしき所に運びぬ、会衆の笑ひ興ずる声々も、いと遠く隔りて、こずゑに来鳴く雀の歌ものどかに、目を挙ぐれば雪の不二峰ふじがね、近く松林の上に其いただきを見せて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
あののどかな、ひそやかな風景の中にたたみこまれているのだと思うと、今は運命に対するいきどおりもなければ、居ても立ってもいられぬような焦躁感しょうそうかんもなく、唯、愛情を傾けつくした四年間の
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
あはれ、まなこ大空おほぞらのどかなる影を映して
(旧字旧仮名) / アダ・ネグリ(著)
かぢの枕のよき友よ心のどけき飛鳥ひてうかな
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
菜の花のかをりと、河内和泉の、一圓に黄色にぬりつぶした中に、青い道路のある、のどけさと、ゆたけさとをもつ田舍が、すぐ目にくるのだつた。
春宵戯語 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
朝鮮金剛のしょうに私たちは当面したのである。この渓谷のいさぎよくしてのどかな、またこの重畳ちょうじょうたる岩峭がんしょうの不壊力と重圧とは極めて蒼古そうこ墨画すみえ風の景情である。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かぢの枕のよき友よ心のどけき飛鳥ひちようかな
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
しかし土曜の午後を楽しんで鶴見つるみへ一緒にゆく事になっているちいさいおいが、学校でさぞ待っているであろうと思えば、心のどかにしている間が、おしい気がするのだった。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
東から北へと勾欄こうらんへついて眼を移すと、柔かな物悲しい赤と乾酪チーズ色の丘陵のうねりがのどかな日光の反射にうき出している隣に、二つのまるい緑の丘陵が大和絵さながらの色調で並んで
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
身をもってのがれて、路で草履ぞうりを拾って母にはかしたといったほど、何もかも失ってしまったが、秩序が回復すると、私たちにくらべれば、やっぱりのどかに暮してゆける人だった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)