鋪道ほどう)” の例文
私は綺麗な鋪道ほどうの上に下りた。だが何となく刑務所の仕事場を思い出させるようなコンクリートの路面だった。私はいやな気がした。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とある陳列箱の中の小さな水族館では、茎のような細いあゆが、何尾も泳いでいた。銀座の鋪道ほどうが河になったら面白いだろうと思う。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ストリート・ガールであった、鋪道ほどうのアヴァンチュールにかけては華やかな近代娘の典型であった四家フユ子が、赤い梯子はしごを登ったのだ。
職業婦人気質 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
と見ると、その電車通りに面した二階の窓の一つが開かれていて、それが細長い光りを暗い鋪道ほどうの上にくっきりと落していた。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
僕は焼けのこった東京の街のさわやかな鈴懸すずかけの朝の鋪道ほどうを歩いた。鈴懸は朝ごとに僕の眼をみどりに染め、僕の眼は涼しげなひとの眼にそそいだ。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
日曜日の開演時刻にこの劇場の前を通って見ると大変な人の群が場前の鋪道ほどうを埋めて車道まではみ出している。
ちいさなしろはなが、くさいたのであります。ガラスまどのうちで、仕事しごとをしているひとにもまた、この鋪道ほどうとお人々ひとびとにも、おそらく、このはなられなかったでしょう。
青い草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うなりをあげて、鋪道ほどう紙屑かみくずやボロきれをさらって行き、直角に突き出された横文字の看板が、二十日鼠はつかねずみのようなキーキーした音をたてている——夕方からは、それに、雨もまじって
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
待ちあぐんだ人たちと、押合いながら降りる人たちとの込合こみあう間を、ようやく抜け出した一人の女が、鋪道ほどうに立っている中島の側を行過ぎようとして、その顔を見るや、「アラ中島さん。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いまでもおもいだす、なつかしいみちは、合宿裏の花壇かだんにかこまれた鋪道ほどうのことです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
尾張町から有楽町へゆく鋪道ほどうの上で自分は「奎吉!」を繰り返した。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
これがR事件の最初の一頁ページなのであるが、それは白昼華やかな銀座街の鋪道ほどうの上で起った妙齢みょうれいの婦人の怪死事件から始まる。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
銀座の鋪道ほどうはなまめかしくどろどろに暑い。太陽は縦横無尽だ。新聞には、株で大富豪になった鈴木某女の病気が出ている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
だがほとんど毎朝のようにここで煙草を買う。僕は煙草をポケットに入れてロータリーを渡る。鋪道ほどうを歩いて行く。鋪道にあふれる朝の鎮魂歌……。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
オルダス・ハクスレーの短篇『若きアルキメデス』には百姓の子のギドーが木片の燃えさしで鋪道ほどうの石の上に図形を描いてこの定理の証明をやっている場面が出て来るのである。
ピタゴラスと豆 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この風の中には、遠い遠いおもい出があるようだ。鋪道ほどうは灯の川だ。人の洪水だ。瀬戸物屋の前には、うらぶれた大学生が、計算器を売っていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
生れてからこの方、私はこんなにおどろいたことは初めてだった。悲鳴をあげると共に、私は愕きのあまり、鋪道ほどうのうえに、腰をぬかしてしまった。
影のような女だったのだが、彼もまた女にとって影のような男にすぎなかったのだ。影と影はひっそりとした足どりで濠端ほりばたに添う鋪道ほどうを歩いていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
今はうなされるような感覚ばかりが彼をとりまいているのだった。刻々にふるえる佗しいものが会社を出て鋪道ほどうを歩きながらも、彼に附きまとっていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
雨はあがっていたが、梅雨空つゆぞらの雲は重い。彼は、ふところ手をしたまま、ぶらぶらと鋪道ほどうのうえを歩いてゆく。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鋪道ほどうの上に華々しく放り出して、ものもいわず、いきなりわたくしの小さい身体に抱きついたものである。
そう云い捨てて、向側の鋪道ほどうへ走り去った。突然、それは彼にとって、あまりに突然だったのだが……。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
凍りつくようなからっ風が、鋪道ほどうの上をひゅーんというようなうなり声をあげてすべってゆく。もう夜はいたくけていた。遠くに中華そばやの流してゆく笛の音が聞える。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふと、その青空から現れて来たように、向うの鋪道ほどうに友人が立っていた。先日、彼の家にけつけてくれた、その友人は、一べつで彼のなかのすべてを見てとったようだった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
鋪道ほどうには、露店ろてんの喰べ物店が一杯に出て、しきりに奇妙な売声をはりあげて、客を呼んでいた。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
くだらないものが一杯充満して散乱する僕の全存在、それが一つ一つ気にかかる。教室で誰かが誰かと話をしている。人は僕のことをしゃべっているのかしら。向側の鋪道ほどうを人間が歩いている。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
鋪道ほどうのはしに小さな台を立て、そのうえに、台からはみだしそうな、長さ二尺の計算尺を一本よこたえ、それからピンポンのバットぐらいもある大きな虫めがねを一個おき
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
銀行の角でバスを降りると、彼はずぶ濡れの鋪道ほどうを電車駅の方へ歩いた。雨に痛めつけられた人々がホームにぼんやり立並んでいた。次の停留場で電車を降りると、袋路の方は真暗であった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
緑あざやかな葉桜の並木、白い小石を敷きつめた鋪道ほどう、両側にうちつづいた思い思いのへい、いつもは人影とてほとんど見られない静かな住宅区の通りであったが、今日ばかりはそうでなかった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)