釜中ふちゅう)” の例文
釜中ふちゅうの湯よりのぼる蒸気が急に凝結して消えうするにより、その場所をみたさんために、空気が外より蒸し物の中に流れ込む。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
蛮軍は釜中ふちゅうの魚みたいに右往左往して抗戦のすべを知らなかった。多くは銀坑山方面へ逃げ、或いは水門を開いて江上へあふれだすのもあった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「勝ちたくても、負けたくても、相手が釜中ふちゅう章魚たこ同然手も足も出せないのだから、僕も無聊ぶりょうでやむを得ずヴァイオリンの御仲間をつかまつるのさ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白糸はすでにその身は釜中ふちゅうの魚たることを覚悟せり。心はいささかも屈せざれども、力の及ぶべからざるをいかにせん。進みて敵すべからず、退きてはのがるることかたし。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ことに秀吉の軍略に先手先手と斬捲きりまくられて、小田原の孤城に退嬰たいえいするを余儀なくされてしまって居る上は、籠中ろうちゅうの禽、釜中ふちゅうの魚となって居るので、遅かれ速かれどころでは無い
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あるいは「釜中ふちゅうの鯉魚」と答え、あるいは「あみとお金鱗きんりん」と答えはするが、ついに鯉魚あるを知らず、おのれに身あるを知らず、眼前に大衆あるを知らずして、問いに対する答えのすみやかなること
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
余ヤ土陽僻陬どようへきすうノ郷ニ生レ幼時早ク我父母ヲうしなヒ後初メテ学ノ門ニ入リ好ンデ草木ノ事ヲおさまた歳華さいかノ改マルヲ知ラズ其間斯学ノタメニハ我父祖ノ業ヲ廃シ我世襲せしゅうノ産ヲ傾ケ今ハ既ニ貧富地ヲ疇昔ちゅうせき煖飽だんぽうハ亦いずレノ辺ニカ在ル蟋蟀こおろぎ鳴キテ妻子ハ其衣ノ薄キヲ訴ヘ米櫃べいき乏ヲ告ゲテ釜中ふちゅう時ニ魚ヲ生ズ心情紛々いずくんゾ俗塵ノ外ニ超然ちょうぜんタルヲ
だが人間はついに、われからそのごうかまとして、自分も他人も、煮え立つ釜中ふちゅうまめとしてしまった。——天下騒然
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなことから、もし倒幕の鋭気がくじけるようなことにでもなっては、一天のおんために、また悪政の釜中ふちゅうにあえいでいる下々のためにも、悲しむべきことといわねばならぬ
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
のみならず城の三方から、猛風に乗せて、ときの声、戦鼓のひびき、急激な攻めがねの音などがいちどに迫ってきたので、城兵は消火どころではなく、釜中ふちゅうの豆の如く沸いて狼狽しだした。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは予期したところだが、須臾しゅゆにして、陣営のまわりから、突然、湧いて出たような蜀軍のときの声が起った。蜀の呉班ごはん呉懿ごいの軍だ。——釜中ふちゅうの魚はまさに煮られる如く逃げまどった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山もゆるがす勝鬨かちどきをあげながら蜀兵はうろたえ惑う龐統軍へおめきかかった。何かはたまるべき、荊州の兵は、釜中ふちゅうの魚みたいにただ逃げ争って蜀兵の殺戮さつりくにたいし、手向う意志も失っていた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)