郭公かっこう)” の例文
谷あいの草原を飾る落葉松や白樺の夢のように淡いみどり、物寂びた郭公かっこうの声、むせぶような山鳩のなく音、谷の空を横さまに鳴く杜鵑ほととぎす
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もう、郭公かっこうも、ほととぎすも、鳴く季節ではありません。せめて、うららかな天日が、夜の嘆きを、いくらか晴らしはしませんでしたか。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
別荘は、しんとしていて、絶えずよい草の香りのする風が吹き、しきりなしに鳴く郭公かっこうの声が遠く近くきこえるばかりであった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
郭公かっこうの場合には明らかにめすを呼ぶためだと解釈されているようであるが、ほととぎすの場合でもはたして同様であるか、どうかは疑わしい。
疑問と空想 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
蓮華草の田がすき返され、塀の外田に蛙が鳴き、米倉の屋根に雀が巣くう、というような情景もそうであるが、やがて郭公かっこうの来鳴くころに
歌集『涌井』を読む (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
霧の巻く朝夕は杉の香がつよく匂い、郭公かっこうや、時鳥ほととぎすや、筒鳥つつどりや、そのほかなにかの鳥が夜昼となく鳴いた。来る日も来る日も平穏であった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もう此頃になると、山はいとわしいほど緑に埋れ、谷は深々と、繁りに隠されてしまう。郭公かっこうは早く鳴きらし、時鳥ほととぎすが替って、日も夜も鳴く。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
集会堂の傍らの、冬枯れた林の中で、私は突然二声ばかり郭公かっこうの啼きつづけたのを聞いたような気がした。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その年麻疹ましんを病んでその子は死んだと、真澄ますみの奥州の紀行の中に書いてある。郭公かっこうは時鳥のめすなどという俗説もあるが、これがまた同じように冥土めいどの鳥であった。
うぐいすもいれば駒鳥もいる、雲雀ひばりもいれば郭公かっこうもいてそれはそれは可愛い声でさえずっているのです。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
オーケストラが夜啼鶯ロシニョール郭公かっこううずらの啼き声を聴かせることは人の知る通りであり、確かにこの交響曲のほとんど全部が自然のいろいろな歌声とささやきで編み上げられているともいえる。
峡谷きょうこくをおどりながら下ってゆく若い奔流は、つぼみの花に向かって笑った。たちまち聞こえるのは夢のごとき、数知れぬ夏の虫の声、雨のばらばらと和らかに落ちる音、悲しげな郭公かっこうの声。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
郭公かっこうは?」
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
かなり遠いらしい、郭公かっこうに似ているが、よく聞くと女性の声である。それは、つぎつぎにやまびこを呼んで、一種の幽玄な反響の尾を、ながくひいた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
郭公かっこうむせび、雉子きじや山鳩が鳴き、栗鼠りすは木から木へと跳びはねている夢のような戦場ヶ原の面影は、見るも哀に変り果てることであろう、惜しいものだ
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
郭公かっこう時鳥ほととぎすが自分を呼んでいるような気がする。今年も植物図鑑を携えて野の草に親しみたいと思っている。
海水浴 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
全然同じ話というわけではないが、これとほぼ似通うた話は、郭公かっこうについても語られている。たとえば甲州の精進湖しょうじこに近い山村では、カッコウ鳥はもと悪い継母ままははであった。
新子は、次の朝郭公かっこうとミヒヒという山羊の声で眼がさめた。腕時計を見ると、六時少し前であったけれど、彼女はそのまま起きて、やや肌寒いのでセルのサッパリした常着ふだんぎに着かえて庭へ出た。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「お静かに」と津多女は手をあげて制し、なにかに聞きいるような眼つきをした、「——郭公かっこうが鳴いていますね」
躑躅つつじが原を彩り、藤の房が垂れ、鈴蘭が匂い、桜草が咲き、鶯が囀り、郭公かっこうが鳴いている晩春の風情も情緒ゆたかなものであるが、高く澄み透った空にふさわしい
高原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
麦ウラシはすなわち雲雀のことであり(郡誌)、今はどうあるか知らぬが対岸の香川県あたりでは、郭公かっこうを麦ウラシと呼んでいたことが、蘭山らんざん先生の『本草啓蒙』に見えている。
宿に落着いてから子供等と裏の山をあるいていると、うぐいすが鳴き郭公かっこうが呼ぶ。
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
道をはさむ林は深くなってそよ風も通わなくなり、日光は雲ひとつない青空からじりじりと照りつける。郭公かっこうが一羽、よく響くこえで鳴きながら二人の頭上を低く飛び去った。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
附近の林の中で鶯や目細めぼそしきりに鳴いていた。それに交って郭公かっこうの声らしいものも聞えた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
四月も終りに近く野は霞み郭公かっこうのしきりに鳴くころに、彼は雄勝の詞友たちと別れて、川岸伝いに北をさして旅立った。夏はおそらく久保田の城下にいたろうと思うが、その日記もまだ出てこない。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
……辛夷が散り桃が咲き、やがて桜も葉に変る頃が来ると、高原はいっぺんに初夏の光と色とに包まれる、時鳥ほととぎす郭公かっこうの声が朝から森に木魂こだまし、谿谷けいこくの奥から野猿が下りて来る。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
近くには何かの木に絡み付いた藤が、紫の花を房のように垂れ、上越の山地であると、谷卯木たにうつぎの紅花が水に映っている。山鳩や郭公かっこう物静ものしずかな鳴声がおちこちに聞えるのもこのあたりである。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
五三 郭公かっこう時鳥ほととぎすとは昔ありし姉妹あねいもとなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
郭公かっこうや筒鳥に代って、晴れた日にはつぐみやひたき、頬白、あおじなどの声が聞え、木戸の者たちの中には、辛抱づよく粟や稗をいて、かれらを呼びよせようとする者もあったが
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
清亮な河鹿かじかのなく音に和して、珍しくも遠くの方で鳴く郭公かっこうの声が聞えた。