通抜とおりぬ)” の例文
旧字:通拔
その間をば一同を載せた舟が小舷こべりさざなみを立てつつ通抜とおりぬけて行く時、中にはあわてふためいて障子の隙間すきまをば閉切しめきるものさえあった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
例の下を向いて悠々ゆうゆう小取廻ことりまわしに通抜とおりぬける旅僧は、たれも袖をかなかったから、幸いその後にいて町へ入って、ほっという息をいた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何分なにぶん月がい晩なので、ステッキを手にしながら、ぶらぶら帰って来て、表門へ廻るのも、面倒だから、平常ふだん皆が出入でいりしている、前述の隣屋敷の裏門から入って、竹藪を通抜とおりぬけて
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
なにしろ途中殺生谷の近くを通らなければならぬので、彼はもう足も地につかぬ気持で急いだ、——そしてようやく其処そこ通抜とおりぬけてやれやれと思ったとたんに、右手の闇の中から突然
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
汽鑵部の夜勤をしまった職工が三人、そのツンボ・コートを通抜とおりぬけて来た。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雨降りの中では草鞋わらじか靴ででもないと上下じょうげむずかしかろう——其処そこ通抜とおりぬけて、北上川きたかみがわ衣河ころもがわ、名にしおう、高館たかだちあとを望む
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三頭みつ四頭よつも一斉に吠え立てるのは、ちょう前途ゆくて浜際はまぎわに、また人家が七八軒、浴場、荒物屋あらものやなど一廓ひとくるわになってるそのあたり。彼処あすこ通抜とおりぬけねばならないと思うと、今度は寒気さむけがした。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
駒下駄こまげたを脱いで、手に持つのだ、と見る、と……そのしもた家へ、入るのではなくて、人の居ない通抜とおりぬけに、この格子戸へ出ようとするのだ、何故か、そう思うと、急に可恐おそろしくなって、一度
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泉殿せんでんなぞらへた、飛々とびとびちんいずれかに、邯鄲かんたんの石の手水鉢ちょうずばち、名品、と教へられたが、水の音よりせみの声。で、勝手に通抜とおりぬけの出来る茶屋は、昼寝のなかばらしい。の座敷も寂寞ひっそりして人気勢ひとけはいもなかつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「居ない。」とつぶやくが如くにいって、そのまま通抜とおりぬけようとする。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)