薫物たきもの)” の例文
そうした幾通かの中に、薄青色の唐紙の薫物たきものの香を深くませたのを、細く小さく結んだのがあった。あけて見るときれいな字で
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
或る日の午後、僕等は勧工場の中に這入つて、装飾品の売場から薫物たきものの売場へ、反物の卓から置物の卓へとあちこちうろついた。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
彼に取って「母」と云うものは、五つの時にちらりとみかけた涙をたゝえた顔の記憶と、あのかぐわしい薫物たきものの匂の感覚とに過ぎなかった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この鳥世にあるや、草をも麥をもまず、たゞ薫物たきものの涙とアモモとを食む、また甘松と沒藥もつやくとはその最後の壽衣じゆいとなると 一〇九—一一一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「心ときめきするもの。——雀のこがひ。ちごあそばする所の前わたりたる。よき薫物たきものたきて一人したる。唐鏡からのかがみの少しくらき見いでたる。云々。」
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
真珠の簾を垂れた窓からは薫物たきものや香油の匂いがむせるようにもれてきた。
賈后と小吏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それでも薫物たきものの香のんだのへ五、六枚に書かれてあるのを、姫君は身にしむふうで読んでいて額髪が涙にぬれていく様子がえんであった。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
あの黒方くろほうと云う薫物たきもの、———じんと、丁子ちょうじと、甲香こうこうと、白檀びゃくだんと、麝香じゃこうとをり合わせて作った香の匂にそっくりなのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これと同じく、わが目と鼻の間には、かしこにゑりたる薫物たきものの煙について然と否との爭ひありき 六一—六三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
某日あるひ豊雄が店にいると、都の人の忍びのもうでと見えて、いとよろしき女が少女を伴れて薫物たきものを買いに来た。少女は豊雄を見て、「吾君わがきみのここにいますは」と云った。それは真女児の一行であった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
無邪気に娘はよくねむっていたが、源氏がこの室へ寄って来て、衣服の持つ薫物たきものの香が流れてきた時に気づいて女は顔を上げた。
源氏物語:03 空蝉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
現に左大臣の装束にきしめてあるこうにおいが、此の御簾のうちへかぐわしく匂って来るのを見れば、彼女の衣の薫物たきものの香も左大臣の席へ匂っているに違いない。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雪もちらちらと降ってえんな夕方に、少し着て柔らかになった小袖こそでになお薫物たきものを多くしたり、化粧に時間を費やしたりして恋人をおうとしている源氏であるから
源氏物語:20 朝顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
もう暗くなったころであったが、にび色の縁の御簾みすに黒い几帳きちょうの添えて立てられてある透影すきかげは身にしむものに思われた。薫物たきものの香が風について吹き通うえんなお住居すまいである。
源氏物語:20 朝顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
宰相中将は少し父よりは濃い直衣に、下は丁字ちょうじ染めのこげるほどにも薫物たきものの香をませた物や、白やを重ねて着ているのが、顔をことさら引き立てているように見えた。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ちょっとしゃれた作りになっている横戸の口に、黄色の生絹すずしはかまを長めにはいた愛らしい童女が出て来て随身を招いて、白い扇を色のつくほど薫物たきものくゆらしたのを渡した。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
薫物たきものが煙いほどにかれていて、この室内にする女の衣摺きぬずれの音がはなやかなものに思われた。奥ゆかしいところは欠けて、派手はでな現代型の贅沢ぜいたくさが見えるのである。
源氏物語:08 花宴 (新字新仮名) / 紫式部(著)
桜の色の直衣のうしの下に美しい服を幾枚か重ねて、ひととおり薫物たきものきしめられたあとで、夫人へ出かけの言葉を源氏はかけに来た。明るい夕日の光に今日はいっそう美しく見えた。
源氏物語:19 薄雲 (新字新仮名) / 紫式部(著)
よく使い込んであって、よい薫物たきものの香のする扇に、きれいな字で歌が書かれてある。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
春の女王にょおうの住居はとりわけすぐれていた。梅花のかおり御簾みすの中の薫物たきものの香と紛らわしく漂っていて、現世の極楽がここであるような気がした。さすがにゆったりと住みなしているのであった。
源氏物語:23 初音 (新字新仮名) / 紫式部(著)
木工もくの君は主人あるじのために薫物たきものをしながら言う
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
用箋ようせん薫物たきものの香をませた唐紙とうしである。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)