苦艱くかん)” の例文
いかにも傍観者の言いそうなひややかな言葉である。苦艱くかんにある友にむかって発する第一語において、かく訶詰かきつの態度を取るは冷刻れいこくといわねばならぬ。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
人間が、人間を奴隷とし、自欲のためには、他の苦艱くかんをも意としない、そのことが人道にもとるにもかゝわらず。不問にされることも知っている。
人間否定か社会肯定か (新字新仮名) / 小川未明(著)
きゃつを油断のならない人物とは、くから思わぬのでなかったが、永い道中をともにし、苦艱くかんにも本心をみせず、常に冗談や軽口を言いあうにつれて
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
念仏または題目の力で苦艱くかんすくってやったというのとあるが、いずれにしても満足に依託いたくを果した場合には、非常に礼を言って十分な報謝をしたことになっている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たび疲労つかれらつしやらうか、なんなら、今夜こんやわし小家こややすんで、明日あすばんにも、とふたが、それにはおよばぬ……しや、それ真実しんじつなら、片時へんしはや苦艱くかんすくふてしんぜたい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
半生を通してめぐりにめぐった原因の無い憂鬱ゆううつの結果か、それとも母親のない幼い子供等を控えて三年近くの苦艱くかんと戦った結果か、いずれとも彼には言うことが出来なかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父御ててご、母御、一家一門のかたきが討ちてえばっかりに、肝胆かんたんくだき、苦艱くかんをかさねて来たあの人が、いよいよという瀬戸際に、つまりもしねえ女泥棒風情の、恋のうらみから、底を割られ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
た当年の苦艱くかんかえりみる者なく、そが細君すらもことごとく虚名虚位に恋々れんれんして、昔年せきねん唱えたりし主義も本領も失い果し、一念その身の栄耀えいよう汲々きゅうきゅうとして借金賄賂わいろこれ本職たるの有様となりたれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
剣山に行きついて、剣山の土になるのは、いわゆる、木乃伊みいらとりの木乃伊みいらになるのたぐいで、弦之丞がここまでの苦艱くかんも、結果は、無意味なものに帰してしまう。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
誰か知ろう、実は、そのあいだに、彼の心には、次の苦艱くかんを突きぬく用意ができていたのである。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)