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しんしん
ふりがな文庫
“
縉紳
(
しんしん
)” の例文
予がここに東山時代における一
縉紳
(
しんしん
)
の生活を叙せんとするのは、その縉紳の生涯を伝えることを、主なる目的としてのことではない。
東山時代における一縉紳の生活
(新字新仮名)
/
原勝郎
(著)
茲
(
ここ
)
に一言して置く。わたくしはこの拙著中人物の生死を記するに大抵没あるいは終の語を以てし
縉紳
(
しんしん
)
公侯の死にも
薨
(
こう
)
といい卒という語を
下谷叢話
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
数日して某
縉紳
(
しんしん
)
の子が十一娘に結婚を申しこむことになったが、普通の手段では
諧
(
ととの
)
わないと思ったので、
邑宰
(
むらやくにん
)
に頼んで
媒灼
(
ばいしゃく
)
してもらった。
封三娘
(新字新仮名)
/
蒲 松齢
(著)
ことごとく、これは土地の大名、城内の
縉紳
(
しんしん
)
、豪族、富商の奥よりして供えたものだと聞く。家々の紋づくしと見れば可い。
夫人利生記
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
その屋敷を
写山楼
(
しゃざんろう
)
と名付け、そこへ集まる人達はいわゆる一流の
縉紳
(
しんしん
)
ばかりで、浮世絵師などはお百度を踏んでも対面することは
困難
(
むずか
)
しかった。
北斎と幽霊
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
▼ もっと見る
もち論これは皇室・
縉紳
(
しんしん
)
の上についてのことでなくて、成り出者の武将などに多かったのであって、和歌の受容のされ方を知るによい証拠になることである。
中世の文学伝統
(新字新仮名)
/
風巻景次郎
(著)
夫
(
それ
)
演劇は国家の活歴史にして、
文盲
(
もんまう
)
の早学問なり。故に欧洲進化の国に
在
(
あり
)
ては、
縉紳
(
しんしん
)
貴族皆之を尊重す。
本の事
(新字旧仮名)
/
芥川竜之介
(著)
南洲曰ふ、夫れ復古は
易事
(
いじ
)
に非ず、且つ九重
阻絶
(
そぜつ
)
し、
妄
(
みだり
)
に藩人を通ずるを得ず、必ずや
縉紳
(
しんしん
)
死を致す有らば、則ち事或は成らんと。又
後藤象
(
ごとうしやう
)
次郎に
往
(
ゆ
)
いて之を説く。
南洲手抄言志録:03 南洲手抄言志録
(旧字旧仮名)
/
秋月種樹
、
佐藤一斎
(著)
自身の見た京を語り、宮廷を語り、
縉紳
(
しんしん
)
の家の内部の派手な様子を語って聞かせることができた。
源氏物語:14 澪標
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
友だちが京都へはいると間もなく深い関係を結んだという
神祇職
(
じんぎしょく
)
の
白川資訓卿
(
しらかわすけくにきょう
)
とは、これまで多くの志士が
縉紳
(
しんしん
)
への
遊説
(
ゆうぜい
)
の縁故をなした人で、その関係から長州藩、肥後藩
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
後年、六波羅の平家一門中、権謀むしろ入道清盛をもこえて、世に“
縉紳
(
しんしん
)
の
侠
(
きょう
)
”とおそれられた
平
(
へい
)
大納言時忠こそ、実に、良家の一不良——この日のお玉杓子であろうとは。
新・平家物語:02 ちげぐさの巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
貴顕
縉紳
(
しんしん
)
の邸宅へ接近することは出来なかった訳であるが、普通これらの官位を買うには当道を支配する久我右大臣家や組合の方へ多額の
冥加金
(
みょうがきん
)
を納めなければならないので
聞書抄:第二盲目物語
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
陛下の天覧が機会となって伊井公侯の
提撕
(
ていせい
)
に生じたのだから、社会的には今日の新劇運動よりも一層大仕掛けであって、有力なる
縉紳
(
しんしん
)
貴女を初め道学先生や教育家までが
尽
(
ことごと
)
く参加した。
四十年前:――新文学の曙光――
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
これをもって毎歳必ず五十日あり。この日や、
縉紳
(
しんしん
)
先生より開化処士、青年書生に至るまで、柳を
訪
(
とぶら
)
い、花を
尋
(
たずぬ
)
るの期となせり。ゆえに
妓楼
(
ぎろう
)
、
酒店
(
しゅてん
)
にありては、
古
(
いにしえ
)
のいわゆる
門日
(
もんび
)
、
物日
(
ものび
)
に比す。
日曜日之説
(新字新仮名)
/
柏原孝章
(著)
顖顱
(
しんろ
)
科ノ名医ナリ。天民幼ヨリ唯詩ヲ好ミ医術ヲ
脩
(
おさ
)
メズ。父没シテ業ヲ改メ詩人トナリ、名海内ニ振ヒ公侯
縉紳
(
しんしん
)
ノ間ニ優遇セラル。
下谷叢話
(新字新仮名)
/
永井荷風
(著)
景は感謝して帰り、その金のうちから十余金さいて、ある
縉紳
(
しんしん
)
の家にいる
婢
(
じょちゅう
)
を買って細君にしたが、その女はひどく醜くて、それで気が強かった。
阿霞
(新字新仮名)
/
蒲 松齢
(著)
けだし実隆は
縉紳
(
しんしん
)
中の
流行
(
はや
)
り役者であり、蔭涼軒は武家社交界の中心であった。しかして実隆は武家からも尊敬されて、しばしば柳営に出入した。
東山時代における一縉紳の生活
(新字新仮名)
/
原勝郎
(著)
音楽の遊びがあって贈り物に
纏頭
(
てんとう
)
に六条院にのみよくする
華奢
(
かしゃ
)
が見えた。多数の
縉紳
(
しんしん
)
は皆きらびやかに
風采
(
ふうさい
)
を作っているが、源氏に準じて見えるほどの人もないのであった。
源氏物語:23 初音
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
何が何とあろうとも
明日
(
みょうにち
)
の演能に、今夜までおいでのない法は断じてない、ただ捜せ、捜すと
極
(
き
)
めて、当地第一の料亭、某楼に、橘八郎先生歓迎の席を設けて、
縉紳
(
しんしん
)
貴夫人、あまた
卵塔場の天女
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
この説もまた必ずしも見当違いでなく、無知文盲なる貧民階級に往々
縉紳
(
しんしん
)
貴族に勝るの立派な人格者を見出す事も
稀
(
まれ
)
にはあるが二葉亭は強てイリュージョンを作って総ての貧民を理想化して見ていた。
二葉亭四迷の一生
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
苦学して、江戸に出、
林羅山
(
はやしらざん
)
にまなび京の
縉紳
(
しんしん
)
にまで知られた。
梅里先生行状記
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
二年して彼の
縉紳
(
しんしん
)
は権門に
賄賂
(
まいない
)
したことが知れて、父子で
遼海
(
りょうかい
)
の軍にやられたので、十一娘ははじめて里がえりをした。
封三娘
(新字新仮名)
/
蒲 松齢
(著)
金
(
きん
)
生は
字
(
あざな
)
を
王孫
(
おうそん
)
といって蘇州の生れであった。
淮安
(
わいあん
)
の
縉紳
(
しんしん
)
の屋敷の中にいて土地の少年子弟を教授していた。その屋敷の中にはあまり家がなくて、花や木が一めんに植わっていた。
五通
(新字新仮名)
/
蒲 松齢
(著)
縉
漢検1級
部首:⽷
16画
紳
常用漢字
中学
部首:⽷
11画
“縉紳”で始まる語句
縉紳朱門
縉紳公卿